後ろから5列目、窓際。朝の清清しいほどの光を受けて、三上はやっぱりそこに座っていた。
「よっ」
片手にめいっぱい抱えて滑り落ちそうになっていたノートやプリント類を、私はばさりと机の上に投げ出した。三上は私の登場にもかかわらず、ちょっとだけ視線をよこしただけですぐにノートに目を戻す。挨拶ぐらい返してもいいんじゃない?私はアメリカ人並のオーバーリアクションで方をすぼめてみせてから、もう片方の腕に抱えていた缶コーヒーを、三上のノートのど真ん中にドン!と音をたてておく。・・・嫌がらせ。ふたりの他に誰もいない大教室に、予想したよりも大きなに音が響いて少しだけぎょっとする。そこでようやく三上が迷惑そうな顔をあげた。そのちょっと威圧するような表情に尻込みするかわりに、私も負けずにフンと鼻で笑い返す。
「プリント、もってきたんだけど」
三上が、あ、という顔になる。やっと気付いたな、こいつ。この人の周りが見えなくなるほどの集中力は感嘆に値する。今日の試験のプリント全部見せてくれ、という電話が三上からかかってきたのは今日の早朝だった。朝は格別機嫌のよろしくない私だ、普通なら張り倒していた所だった。けれど三上の声はこっちが思わず慌ててしまうほどせっぱつまっていて。この授業落としたらまじでやばい、頼む!と懇願されてはいくら薄情が売りの私でも無視するわけにはいかなかった。
「…わりぃ」
瞳の奥に焦りを浮かべたまま、三上が唸るように言った。私はそれに余裕の笑みで笑い返す。
「貸しその1」
それから缶コーヒーを指差して、
「貸しその2」
と言って指先をクルクルと回した。コーヒーを口に運びかけていた三上は一瞬渋い顔をして私を見る。
「わーってる、礼はする」
「うわ、そんな素直に返されても拍子ぬけするんですけど」
なんて答えたらいいのかわからなくておどけてみせたら、三上はそんな私を無視して再びノートに向き合ってしまった。私はといえば、試験が始まるまでの2時間どうしよう、とプリントの束を眺めながらぼんやりと考える。勉強はもう十分、飽きるほどしてしまっていた。暇つぶしに勉強するっていうのもどうも気が滅入る。仕方ないからどっかその辺をウロウロしていようか、三上も私がいない方がやりやすいだろうし。
そう思って立ち上がろうと椅子に手をかけた時、三上がノートに目を落としたまま思い出したように付け加えた。
「あ、お前ここにいろよ」
「…え、なぜ…」
「いいから」
「でも、」
「何かわかんないとこあったら困るだろ、主に俺が」
え、何その理由…。私は思わずあんぐり口をあける。けれども思い直して一息。
「貸しその3」
返事のかわりか、三上が左手をちょっとあげた。
私はこれみよがしにため息をついてみせる。だけど多分そんな些細な抵抗になんて気付いてないんだ、こいつめ。そして仕方がないから、私は机の上に肘をついて、ガランとした大教室をぼんやり見つめてみる。こんな大きな場所に三上と私は身を潜めるように教室のはじっここじんまりと収まっている。不思議な光景だ、と思う。三上とふたり、こんな朝早くからこんな場所にいることが。それから、1人が一心不乱にプリントを読み漁っているその横で、もう1人が暇をもてあましてぼんやりしているこの光景が、不思議だ、というよりもひどく滑稽だと思うのだ。
けれど、一度や二度ではない。試験がくるそのたびに、これは繰り返されるのだから。こうやって切羽詰ってる三上の横で余裕な気持ちでぼんやりしているその行為が、病み付きになるなんてどうかしてると、我ながら思う。けれど病み付きになっているのはどれについて、だかはよくわからない。
このシチュエーションか、それとも―――――三上だから、か。
1時間がすぎて、さらに1時間半がすぎた。
教室は徐々に人口が増してきて、私と三上の存在の違和感が徐々に薄れていく。
「ねえ、もう諦めたら?」
完全に冷たくなってしまった元ホットコーヒーの缶を手の中でもてあそびながら、私は三上をのぞきこんだ。
「うっせ、」
これからが勝負だ、といわんばかりの剣幕で三上が答える。相変わらず視線はノートから動かない。私は左腕を机の上に投げ出して、その上にゴロンと頭と上半身の体重を預けた格好で右隣の三上を見上げてみる。
「ね、」
「ん」
三上が面倒くさそうに返事を返した。
「私のヤマってよくあたるんだけど、どう?聞きたい?」
ニヤニヤ笑いながら言う私の言葉に、三上がはじめてピクッと反応をよこした。
「おまえ…早くそれ、いえよ」
三上が顔をあげる。やっと合った目に、私はたまらずははは、と声をあげて笑った。
「せっかく頑張ってるから、そっとしてあげようかなあ、と思って」
「…お前、まじ性格いいな」
苦虫をかみ殺した顔とはきっとこういう表情をいうのだ、三上が顔をゆがめた。
試験開始まであと、20分。
「どれだよ、早くいえッ」
「そんな偉そうな人に助言する言葉など持ちません、わたくし」
「…おねがいします、おしえてください」
「え〜……」
「殺してもよろしいですか、このひと……つーか、まじ時間ねえ!教えろっつの…!」
「貸しその4」
「ハイハイ、わかったから、なんでもやってやるから、な」
「わ〜なにやってもらおうかな〜」
「いや、今考えなくていいから…!」
これが終わったら、ねえ、とりあえずお昼ご飯をおごってもらおうかな!学食の、ふんわり卵のオムライスがいい。プリンもつけちゃう!(あ、私が食べるんだけどね!)いつのまにか満員になった大教室をぐるりと見回して、ちょっとだけがっかりした気持ちを心の隅っこにおいてから、回ってきたプリントを隣の三上にまわした。
(ブラウザバック!はできないから閉じてぷり〜ず…!)