雨 あ が り の 道 20040402

 

雨が、好きだ。
窓や傘にあたって跳ねる雨粒の音、池や水たまりに波紋を作る雨粒の行方。

そして何より、雨あがりの道が、何かをくぐりぬけた後のような気がして、大好きで。

 

 

 

「黒板係の大吉くん、元気かなあー?」
「元気なんじゃねーの?名前がめでてーし」
「そうかなあ。気になるなあ」
「なんだお前、大吉の事好きだったのかよ?」
「うー、まーねー」

雨はザーザー、日差しが入らない教室をますます陰気にする。私と亮は窓の外を見上げながら、たわいもない話を続けていた。

「あー、ったく、雨うぜー」
不機嫌さ満々に雨に対して暴言をはく亮を横に、私はうつむいてポケットに手をいれた。
「今日は練習ないの?」
「ああ、なんか色々あるみたいだぜ」
「なに、他人事みたいに。おっかしーの」

クスクスと笑って、私は、カラカラに乾いた喉に水分を与えた。ぬるいミネラルウォーターは、なんだか少し不愉快な味がする。

「お前さあ、」
「んー?」
「・・・・いや、いいや」
「んー」

仮にふたりの関係が何かといえば、それは曖昧で断言できない。現時点で二人は恋人ではないし、だからといって友達にももう戻れそうにない。ようするに、ヘビの生殺しというやつです。いつのまにか私と亮の間にできてしまった一線を、私は飛び越えたいのに飛び越えられずにいる。それは、亮も一緒なのだろうか。付き合っていた頃にはなかったこの居心地の悪さを、亮もかんじているのだろうか。

「・・・ヘビの飼い殺しというやつですな」
「生殺しだ、ばか」
「あ、間違えた・・・」

多分、回りの人たちから見れば、私達はばからしい意地を張っている。
それは本人の口から確かめたわけではないから確かではないけれど、亮も元に戻りたがってるんだろう、ってことはわかる。というか、多分、いや明白に、そうだと思う。

まあようするに、変な意地ではあるのだ。

私にもそれくらいはわかる、でも意地を張り通す事の重要性は、余人にはわかるまい。なんてうそぶいてみても、むなしいだけだったりする。っていうのも、勿論わかってる。

 

そもそものはじまりは、一ヵ月半前。

冬だというのにまるで春のような、ぽかぽか陽気の日だった。

「異常気象だな、これ」
「でも、暖かくなるぶんにはいいと思っちゃうのよ。私なんかは」
「それ、自己中っつーんだぜ。んで、同時にアホ」
「ひどっ。そらわかってるさー、温暖化の影響くらい。でも実感が伴わないだけ」
「実感・・・は難しいわな」

なんて、ちょっとインテリなかんじの会話をしつつ、私達は駅からの道を北上していた。向かう先は、学校。まあようするに、ちょっと二人で買い物にでて、帰ってくるその途中だというだけのはなし。

「おなかすいたよー」
角をまがったところの直線約100メートル先、コンビニを目の端におさめて私は言った。
「何もかわねぇーぞー」
その手にはのらない、とばかりに亮は私を冷たくあしらった。
「いいじゃん、こないだジュースおごってあげたじゃん。けちー」
「けち言うな、つーか金ねえんだよ、マジで」
「疑わしい・・・」
「お前、これ以上はないってくらい疑わしそうな顔してるぞ・・・」
あーもー!しゃーねえなあ、ほら証拠。そう言いながら亮が私に財布を投げてよこした。私は”これ以上はないくらい疑わしい顔”をしながら、その財布をのぞきこんだ。
「・・・あのう、これ、ないっていうレベルじゃないんじゃないかなあ?」
覗き込んだ財布にはもちろん、お札はなくて、小銭が2枚。風で飛んでいっちゃいそうな程軽い。
「・・・十円玉2枚なんて」
まあ、一円玉じゃなくてよかったけどさ。
「おめぇはどうなんだよ、見せてみろ財布」
「わ、ちょ、ちょ・・・・」
強引に奪い取られた、私の財布は風というよりも息で飛んでいっちゃいそうな程軽かった。
「・・・縁起がいいな」
「でしょう・・・」
思わず涙がでる。
「っつーか俺のが多いじゃねーか」
「むっ。私は神社にお参りにいけるけど、亮はいけないじゃん」
「うっせ、両替してもらえば俺の勝ちだ」
「うわー負けた!あんま悔しくないけど」
「俺が20円で、が5円。あわせて25円か・・・・。チロルだな」
「亮、甘いもの苦手じゃありませんでした?」
「一口ぐらいならたまには食べたくなるんだよ」
「ふーん?」
二人の足は、迷わずコンビニのドアをくぐる。聞いた事のある曲が、BGMでかすかに聞こえる。なんだったっけ、この歌・・・?悩んでいるうちに、亮は私の5円と自分の20円をたして、チロルチョコを買い終え、私におつりを渡してくれた。
「何、おつりくれんの?きっまえいー!おっとこまえ!」
「・・・うるせー」

コンビニを出て、学校へ向かって歩きだす。
私はチロルチョコの包みを開きながら、さっきコンビニでかかっていた曲はなんだったっけなあ?と、まだ悩んでいた。

「あっ!」
「ん゛・・・!」

口いっぱいに広がった甘い香りに、私はしまった、と思った。

「・・・全部食ったな」
「ご、ごめ、ぼーっとしてて・・・!良かったら・・・いる?私の唾液まじりだけど」
「いらねーよ!お前さー、最低だな」

最低、という言葉に私はその時、カチンときた。何かのスイッチがその言葉でついてしまったように。

「ひどっ。チロルくらいで最低とかいう?ふつー?」
「ほとんど金だしてねえじゃねーかっ!」
「なによ、寮に帰ったらあるよ、欲しいならあげるよ、20円ごとき!そんなんでいちいち怒らないでよ!」
「はあ?お前さあ、そろそろそのずうずうしい性格なおせよ。じゃねえと愛想つかされるぞ・・・!」
「なに、あんた、自分がずうずうしくないとでも思ってんの?ケチなくせにずうずうしいなんて最悪っ!」
「なっ、お前に言われる筋合いはねえよ、いっつも俺の食糧奪うのは誰だよっ!?」
「それがケチだっていってんでしょ!?フツーそういうことこだわる!?」
「そういうとこがずうずうしいっつってんだろ!?聞けよ!人の話!」
「聞いてないのはそっちじゃん、そうゆう人を見下した態度が嫌だっていってんの!」
「これが俺だ、嫌ならやめろよ!」
「・・・・・・わかった」
「はっ何が」
「やめる。別れる。さようなら。最悪なおとこ」
「へっ!望むところだ、お前がいなくなると思うとせーせーするぜ!じゃあな!」

・・・・・これがそもそもの、始まりだった。
それから1ヵ月半、私達は意地を張り通し、”恋人”未満の関係であり続けた。バカだ、なんのためにこんなに張り合っているのかわからない。でも、自分から折れるのは、どうしたってできそういないのだ。

だけど、チロルチョコで崩れた私達の関係って・・・・。

 

やめようやめよう、考えると悲しくなるばかり。

 

「お前はなんて意地っぱりな奴なんだ」
「その言葉そっくりかえすよ」

亮が苦笑する。窓の向こうの空が、いつのまにか明かるくなり始めたことに気付いて私は窓を開けた。さび付いた音をたてて、窓ガラスがスライドする。空いた窓からピンとはりつめた空気が新鮮な空気といれかわり出ていって、少しだけ心がほぐれる。

私はポケットの中で、1ヵ月半の間ずっと持ち歩いているチロルチョコを握り締めた。

「あの、さ」
「あー?」
「・・・・なんでもない」
「あっそ」

誰かが何かをしなければ、いつだって物事は改善しない。――――わかってはいますけど、なかなか実行は難しいものです。

「雨、あがったよ」
「あぁ。・・・帰るか」
「うん」

二人で同時に立ち上がって、さっきまで陰気な空気が漂っていた教室を後にした。

靴をはいて外にでると、雨あがりのむわっとした空気と、むわっとした匂いが私達をつつんだ。けれど空は真っ青で、その爽やかさとのギャップが少し可笑しかった。

「そういえば、雨好きだったよな」
「うん。でも一番好きなのはね、雨そのものじゃなくて雨あがりの雰囲気なの」
「俺も、好きかもしんねぇ。今まで気付かなくて悪かった」
「いや、ごめん。私の方が悪かったよ。・・・・そのよさを説明しなかったのが、ね」

誰かが何かをしなければ、いつだって物事は改善しない。――――そしてそれは、実はすごく簡単なことだったりするのです。

「ね、ちょっと散歩しようよ」
私は手の中で温まって柔らかくなってしまったチロルチョコを握ったまま、ポケットから出した。
「あげる。・・・ちょっと溶けてるけど」
亮の左手に渡して、右手は私の手をからめた。
「お前、これ、ちょっとどころじゃねーぞ。ぐちゃぐちゃじゃねーか・・・」

しかめっつらで、亮がチロルチョコをつかむ。

「ずっと、低レベルでいましょーね」
「ひとりでやっとけ」

それから二人は手をつないだまま、雨あがりの道をすすんだ。

大きく掛かった虹の根元が、今日ならみつけられる気がした。

 

 

 

お わ り

チロルチョコを半分って・・・(笑)