修学旅行の前夜。わくわくして眠れない、なんていうお決まりの事態に陥ったわたしは、これまたお決まりのように寝坊をして……。

ぱっと飛び起きて覗き込んだ目覚し時計、一瞬目を疑った。

集合の10分前って!!!!!

 

Dear Shy Hero

 

「もうっ!なんで起こしてくれなかったの!」
「知らないわよ、あなたが寝てる間に部屋入ってくるな、っていうから」
「今日はいつもとちがうでしょっ!あ〜もう絶対間に合わない!」
飛び起きて1分で着替えて、髪をとかして、荷物をもって、玄関で靴をはくまで3分間。人間やればできるもんだ、…って感心してる暇はない。集合場所の駅まで走って10分はかかる。なのに、もうすでに集合の7分前!いってきますの挨拶もそこそこ、私は2泊3日の荷物を抱えて玄関を飛び出した。

「…と、」
「すみませ、て、あっちゃ…、じゃなかった、三上!」
玄関を出て全然前を見ずに駆け出した私は、駆け出しざま誰かに勢い良くぶつかってしまった。慌てて謝ろうと顔をあげれば…、お隣さんのあっちゃんで。こんなときにもう!と軽く睨みつけてから駆け出そうとして、はっと我に帰る。
「てゆうか、なにやってんの?集合時間もうすぐだよ?」
幼馴染というだけあって、いわゆる腐れ縁のあっちゃんとは同じ学年クラスで、当然のごとく今日一緒に修学旅行にいくはずなのだ。なのに、なんでこんな所に?私は訝しく思ってあっちゃんを振り返った。
「…あ、寝坊?」
「ばあか、お前と一緒にすんな」
あっちゃんがあきれた顔をする。
「じゃあなんだって、…あああ!あと5分しかないじゃん、早くいかないと!」
時計を見てから慌てて駆け出そうとする私の荷物をあっちゃんがぐっと掴んだそのせいで、私はあやうく転びそうになる。
「ちょ、なにすっ…」
「乗れよ」
お前の足じゃまにあわねえだろ。そう付け足して、あっちゃんは自分がまたがった自転車の後ろをポンポンと叩いた。私は一瞬すなおにうん、とうなずいて後にまたがろうとして、けれど次の瞬間かすかにとまどいを覚える。
「あ〜、やっぱいいや…走ってく」
もしも二人乗りで乗り付けたところをクラス全員にみられたら、それこそからかいのタネになるに違いない。それでは今まで苦労して、つい『あっちゃん』と呼んでしまう習慣を『三上』に直してきた意味がなくなってしまう。
「おまえな…、」
あきれるというよりはむしろ怒りを滲ませたあっちゃんが私を睨みつける。
「いいや、先いってて」
私はその瞬間修学旅行を半分諦めて、あっちゃんを突き放した。
「…あっそう、じゃ〜な」
私の態度に、あっちゃんはそれだけ言い残すと、振り返りもせずに自転車を漕いで行ってしまった。私はそれでも小走りであっちゃんが消えていった方角に向かいながら、今更ながら激しい後悔を覚える。
あっちゃんがもう一度だけ、乗ってけよといったならば私は素直に従うつもりだったのだ、それなのにあっちゃんときたら……あそこでひくなんて、冷たすぎるんじゃないの…?ほんとに行っちゃう?薄情もの!

心の中であっちゃんに責任転換をしようとして、けれどすぐに我にかえる。
違う、悪いのはわたし、あっちゃん絡みになるとどうも自制できない感情が湧きあがってきてしまって。

………ああ、もう馬鹿だ!どうしていつもこう、変な意地をはってしまうのだろう!
私は頭を抱えた。
あっちゃんは何一つ悪くない、…のに。わかってるわかってるわかってる。だからごめん、さっきの取り消し…!あっちゃんごめん、戻って来て、さっきの謝るから、私を拾いに戻って来て!おねがいおねがいおねがいおねがい!切実な思いで空を仰いだ。

けれど願いは届くはずもなく。

このままでは多分、間に合わないだろうという事はわかっていて。

その絶望感に泣き出しそうに、なった。

 

「何泣いてんだよ」

角をまがったその時。不意に頭上から聞きなれた声がふってきて、私はあわてて立ち止まった。
「あ…、」
電柱の陰、そこに信じられないものを見て、私は思わずポカンと口をあけたまま放心してしまう。
「間抜けな面してんじゃねえよ、ほら、早く乗れ」
あっちゃんが、先にいってしまったとばかり思っていたあっちゃんが、そこで待ち伏せしていたのだ。

反則だ、と思った。

「……ひど、泣いてな…、」
「はいはい。いいから乗れ、そして飛ばすからちゃんとつかまってろ。ああっ!もう、のせいであと3分しかねえじゃねえか!!」
今度こそは素直にうしろに乗っかって。そしてどこを掴むべきが一瞬悩んで、サドルの後をぐっとにぎりしめた。
「あのなあ、お前振り落とされたいわけ?」
ったく、くだらねえこと気にしやがって!あっちゃんはそう言ってがっと私の手を掴むと、自分の腰にまわした。
あっちゃんの言葉に滲む焦燥感を感じて、ああこの人も慌てているんだ、という事に初めて気付かされた私はあっちゃんの腰にまわした手にぎゅっと力を込めた。
よし、とばかりにあっちゃんがペダルを漕ぐ。

吹き抜ける風と共にぐんぐんと風景が後方に流れていく。

あっちゃんの背中から伝わるぬるい体温が、緩まっていた涙腺をこじ開けて涙が溢れ出す。困ったな、と思って目の前の背中にぐりぐりと押し付けたら、
「おい、俺の服はタオルじゃねえぞ」
というあっちゃんの言葉がすかさず降って来て、私は小さく笑った。

 

そしてその時ふと、思ったのだ。

 

「ねえ、あっちゃんもしかして…、私をまっててくれたの?」
「…ちっげえよ、寝坊したんだ、よ!」

背中におしつけていた顔をあげて視界に入ったあっちゃんの耳は、まるでお風呂にはいったばかりのように火照っていて。

「ありがとう」
私はくすくす笑いながら、風に掻き消えてしまうほどの小声で呟いた。

吹き抜ける風は、思いのほか優しかった。

 

 

(2005.04.25)

お わ り