さっきまでの騒がしさはどこへ行ったのだろう。
 玄関先に放り投げたホームセンターの買い物袋が、やけに部屋の中に大きく響いて身を縮ませた。間髪入れず、足の踏み場もない部屋の奥から「早かったな」という声が聞こえてきて、我知らずほっとする。
「…みんな帰っちゃったの?」
 ダンボールとゴミ袋とその他もろもろの品々を避けながら、なにやら熱心に作業に没頭している背中におそるおそる近づいていった。
「だいたい力仕事終わったし、あいつらうるせえから帰らせた。…あったか?」
 振り返らずに答える背中から、ぬっと手だけが伸ばされる。つべこべ言わずにいいから渡せということですか。あったけど、頼まれていたプラスドライバーは袋の中にあるけれど。なんだかむっとして、最後の問いかけは聞かなかったことにした。
「ちょっとー、お礼も言ってないのに…」
「俺から言っといてやるよ」
「せっかくお母さんから引越し手伝ってくれるみなさんにお礼にお昼でも、ってお金もらったのにどうすんの。あっちゃんのせいだからね」
 ホームセンターの袋を軽く背中にぶつけるてやると、ようやく振り返ったあっちゃんがいたずらっ子のような顔で笑った。
「ラッキー、なんか豪華なもん食いにいこうぜ」
「ちがうでしょ!!!」
「うるせえなあ、いいから早くドライバーよこせ」



 私はこの春、大学生になる。
 幼馴染のあっちゃんとは、相変わらず疎遠になったり近づいたりそしてまた疎遠になったりを、まるで何かのルールのように繰り返している。中学高校とあっちゃんは寮に入っていたから、疎遠になるとそれこそ言葉どおりに音信不通。そして、ある日家に帰ったら何事もなかったように居間でくつろいだりしてるんだから、性質が悪い。実家に帰るのに連絡する必要なんかないだろ?とあっちゃんは言うけれど、そもそも私の家はあっちゃんの実家じゃないし、私の心臓にも悪いから前置きくらいしてほしい。そうやってかき乱されているうちに、大学生になってしまった。
 しかも、あっちゃんもこの春から大学生になる。同じ、大学の。 でも、いまいち実感がわかないのだ。今まで私には私の生活と世界があって、あっちゃんにはあっちゃんのものがあった。それが、重なるって、どういうこと…?



「ねえ、あっちゃん私のこと本当すきだよね」
「……なっ、はあっ!?」
 あっちゃんが取り落としたドライバーが、ガンっ、と大きな音をたててテーブルの上に小さな傷を残す。あーあ、と非難めいた目で見ると、信じらんねえ、という顔のあっちゃんと目があった。なんだか急にお腹のあたりがくすぐったくなって、ごまかすように声をたてて笑った。
「あははっ、だってさ、私と同じ学校行きたがるから」
「ばーか俺のほうが先だろ。お前がマネしたんだよ」
「ええ〜、だってあっちゃん行くって知らなかったもん。でもあっちゃん私が同じとこ受けるって知ってたでしょ?」
「…まあ」
「ほらあ〜」
「なにがほらあ〜、だよ!いいから黙れ、仕事しろ仕事」
   私は構わず話続ける。だってね、あっちゃん、二人きりにはこの部屋は静かすぎる。さっきまでの騒々しさが余計、そのことを私に意識させる。あっちゃんが隣にいる。それはよくあることで、なにもめずらしいことじゃない。家ではソファで並んで座って、あっちゃんの肩に手を置いて。でもなんで、この場所だとあっちゃんに近づくのさえ勇気が必要なのだろう。



「ねえ、あそこの木、桜だよねえ」
「毛虫に気をつけろよ」
「ちょっと、情緒もなんとかもないこと言わないでよ」
「事実だろ」
 肩をすくめるあっちゃんに文句を言いながら、立ち上がる。窓の外、桜の木の向こうには青い空がどこまでも広がっている。この景色が、いつか私にとって懐かしいものになるのだろうか。しばらくぼんやり眺めていると、いつの間にか隣にやってきたあっちゃんが、
「楽しみだな」
 といって私の頭に手を置いた。あっちゃんの背は、とうの昔に私の背を追い越していた

 

 

お わ り