| き っ か け は な ん て 単 純 20040424 |
来週の遠足の行き先は、動物園になりました。
・・・・小学生じゃあないんだから。勘弁してほしい。
多分、過半数以上の人間が、少なくとも心の中で、同時に同じ事を思ったに違いない。
民主主義なはずの世の中で、理不尽な事もあったものだ。
学年がひとつあがって、クラスが変わって、早くクラスの奴らと仲良くなるためにとの歌い文句だけど、
中学2年生ともあろうものが動物園にいって楽しめるわけでもないし、ましてや、仲良くなれるようなシチュエーションに動物園でなれるとも思えない。
というか、んなもんなくたって時間がたてば仲良くなるだろ。
「めんどくせー」
「三上おまえ、ゴリラをばかにすんじゃねーぞ」
隣の席の溝口くんが、回ってきたプリントを俺の机にバシンと叩きつけた。くん、なんてつけるのはどうも気持ち悪いが、たまたま初めてクラスが一緒になって、席が隣で、まだ知り合って1週間もたっていないから他人行儀にしておこう、というせめてもの心遣いなのだ。
ああ、俺って謙虚。
「あ、やべぇ。シャー芯ねえや・・・溝口くん、もってね?」
「あー、ワリ、俺えんぴつ派なんだわ」
「硬派だな、溝口くん」
「・・・つーかお前やめろよ、くんずけ。なんか寒気がする」
「しっつれーな」
なにはともあれ、この時点で、溝口くんはただの溝口に昇格した(転落か?)。なんてめでたい。
そんなことよりも、シャー芯が欲しいんだった、俺は。
「もってるよー。いる?」
・・・・内心すごくびっくり、した。突然前に座っていた人がふりむいたから。そして俺は、その時ちょうど、その人の背中をつっつこうとしていたから。伸ばした右手のやり場がなくなって、ぎこちなく机の上においた。
「あ、・・・サンキュ」
差し出された何本かのシャー芯を、俺は折らないように細心の注意を払って受け取った。
「三上くん、・・・だよね?」
よろしく、そう言ってその人はにこり、というよりも「ニッ」というかんじで笑った。それがやけに印象的だったのが、あとになってもよく覚えている。
「よろしくー」
俺はシャーペンの中にサラサラと音を立ててシャー芯を落としながら、あたりさわりのないかんじに努めて答えた。その人は俺の言葉にもう一度ニッと笑って、そして前に向き直った。その後姿を俺はぼんやりみながら、しまった、と思った。なぜって、名前が、わからなかったから。その人の。
でもなんだか、今更きくのも気がひける気がする。よろしく、なんていっておいて。
「なあ溝口」
俺は小声で、隣の溝口を呼んだ。
「だよ」
「・・・・・・・」
「なんだよ、何んな変な顔してんだよ」
「まだ俺きいてねえんだけど」
「なんだ、違うのかよ?」
「いや、そうだけど」
「じゃ、いーじゃねえか」
「なんで分かったんだよ、俺が聞く前に」
「俺ほどのベテランになるとわかるんだよ」
「ゆってろ」
の背中を凝視しながら、密かに、とても密かに、口の中でその名前を反復してみたりした。
「ったりーな」
言ってみて、そんな自分が急に恥かしくなって、違う言葉でごまかしてみたりもした。
それから過ぎること、約一週間。
動物園遠足の日は、すみやかに、そしてたいした事件もなくやってきた。
朝の8時半に学校に集合して、2年生各クラスそれぞれバスに乗りこみ、淡い期待を胸に学校を後にした。9時半、交通渋滞にまきこまれることもなくスムーズに、動物園に到着。
こうゆうイベントにはハプニングがつきものだというのに、何もなさすぎてかえってこわい気もする。
「はーい、みなさーん、今から13時まで自由行動でーす。お昼も勝手に食べてきてねー。13時にここに集合でーす。以上、かいさーん」
・・・なんつー、いいかげんな。
「おい、三上どうするー?」
「あー、なー、どうすっかー」
いつの間にかすっかり仲良くなってしまった溝口が、俺の隣にきて、途方に暮れた顔で言った。本当に、動物なんて見て楽しめる年ではないのだ、俺らはもう。
「ゴリラみにいくってのはどうだー」
「溝口、お前ほんとにゴリラ好きだな」
「うっせ」
「つーかあれだよな、鬼ごっことかしてーけど。広すぎるよな、ここじゃ・・・」
「・・・・・・!」
「何めぇ輝かせてんの、お前」
「おまえ、最高!やろーぜ、鬼ごっこ!おーーい!みんなー!鬼ごっこやろうぜ、鬼ごっこー!」
「おい・・・」
人の話聴けよ、どう考えたって一生おわらねぇぞ、この広さで鬼ごっこは・・・
なんて呆れる俺をよそに、溝口の声に反応して集まってくるわ、くるわ、気付いたらあっという間に人だかり。
まじかよ・・・。
「鬼どうするー?」
「ひとりは・・・イジメだよな、どう考えても」
「いいじゃん?ドロケーにすれば。出席番号とかでわければ」
「それ、いい。じゃあメンドクサイからー、奇数の人鬼っつーことでー」
なんてアバウトな。まあいいか、俺偶数だし。
「三十秒後に追いかけるからドロボーは逃げろー!」
やたらハイテンションな雄たけびをあげながら、泥棒たちは一目散に思い思いの方向へ駆けていく。俺も泥棒たちの波にもまれて、全速力でパンダの小屋の前をかけぬけていった。それからやみくもに走り続け、ゾウ、キリン、シマウマ、ライオン、といった比較的メインの動物達を、見向きもせずに通過していった。
しばらくして息があがりはじめて、俺はそこでやっと走るスピードを落とした。気付くと、回りは鳥ばかりだった。
鳥のセクションは、あまり人がいない。これでは目立つな、そう思って少し奥まった鳥の檻の陰に体を隠すようにして、座りこんだ。
木陰の風は、ひんやりして気持ちいい。一息ついて、思った。
つーか俺、何本気で走ってんだ。
あんまり皆から離れすぎたら、結局のところ独りで動物園をまわらなきゃいけない、というハメになるというのに。
でも、今更もどるのもどーかな・・・・
しばらくそこでぼーっとしていたけれど、どうもつまらないな、と思ってあてもなくブラブラ歩き始めた。けれど一向に、鬼とはいわずに自分と同じドロボーでさえ、ひとりも出会わない。だからこんな広い所でやるなんて無謀だ、っつったのに。なんてブツブツいいながら、どうしようかなー、と思った。
動物園にきたのだから、サル山にいかなくては。そうだ、そうだ、そうだった、と、思いながら俺は歩き出した。
「・・・あれ?」
サル山の前に、知った顔をみつけて俺は一瞬とまどった。果たして鬼ごっこがまだ続行中なのかどうかは知らないが、ここであっけなくつかまってしまうのもなんだか悔しい気がして、その知った顔が鬼なのかどうなのか考えた。・・・いや違う、あいつは偶数だ。という事はつまり、俺と一緒。
「」
ポン、と気軽に肩をたたいたら、相手は飛び上がる程驚いた様子で、凄い勢いでこちらを振り帰った。
「み、みみみみかみくん!?」
その動顛ぶりがおかしくて、俺は思わずふきだしてしまった。
「な、なによー、もー」
「だってお前、驚きすぎ・・・」
「鬼かと思ったんだよー」
「鬼がこわいならこんな目立つとこいんなよ、一目でわかったぜ?」
「だって、なんかひとりで淋しかったからさー。三上くんだってさびしかったでしょう?」
「アホ、一緒にすんな」
「自分だってここに出てきたくせに」
「サル見たかっただけだっつーの」
そうは言ってみたものの何だか、それだけの理由だったのかどうかは果たして断言できそうになくて、バツが悪くなった俺はからサル山に目をうつした。
「溝口くんがさっき、絶対に三上をつかまえてやる〜、って意気込んでたよ」
「なにっ、俺さまがあんなやつに負けるかっつーの。・・・あれ?溝口にあったんだ?」
「ううん、隠れてたんだけど、溝口くんが叫んでたから聞こえた」
「・・・恥かしいヤツ・・・」
教室の座席の配置上のこともあり、あのシャー芯を貰ってから一週間のうちに、とは随分仲良くなっていた。一年のとき同じクラスだったという溝口が隣にいてくれたおかげで、すごく自然に、俺とは友達になった。
「腹、すかねー?」
「あ、そういえば。もうお昼だよね」
ボスザルらしきサルを目で追いながら、サル山と俺らを隔てている鉄の柵を俺は手でぎゅっと強く握った。
「・・・何か、食べにいかねー?」
「うん、いいね、さっきあっちの方になんかあったよ、食べるとこ」
俺はの何気ない受け答えになぜだか凄くほっとして、先に立って歩き始めたの背中を追った。
「・・・・つーか、あれだよな。昼時っつーことは、鬼もおなかすくってことで・・・」
「三上くん、溝口くんがいますよ・・・もりもりポテト食べてますよ・・・」
「あいつにだけは会いたくない、気がする」
「私もそんな気がしますよ」
「気が合うな、じゃあ違うとこいくか」
「そーね、こっそり去りましょう・・・」
今は昼時、動物園の売店は、これでもかっというくらいにごった返していた。なんだか嫌な予感がする、そう思って一歩手前から注意深くその様子を眺めてみたら、案の定、溝口がすごい勢いでポテトを食べているのを発見した。なので、静かにUターンしてもときた道を戻ることにした。
けれど、くるりと背を向けて歩き出そうとしたその時、
「みかみぃー!みつけたぞぉぉぉぉっ・・・!」
「げ・・・」
「三上くん、見つかってしまったようですよ・・・」
振り返るまでもなく、溝口がすごい勢いでこちらに向かってくるのがわかる。
「逃げるぞ!」
「がってんです!」
のおかしな返答はとりあえず流しておいて、とっさに、というかむしろどさくさに紛れて、俺はの手をとって走り出した。
振り払われるかもしれない、と思って内心ドキドキ、バクバクしていたのだけれど。
振り払われたらどうやって反応しよう、ってそんな先の事までも考えて怖くなった。とっさに手を離そうとしたけれど寸前の所で思いとどまったのは、手を離した後の気まずさを考えたら、そっちの方が嫌な気がしたから。というか、俺は男だ!ここまできたら後にひけないだろっ!・・・ていう意地、も、あった。
「みかみぃぃぃ!逃げるなんて卑怯だぞぉぉぉぉ!」
「あほかっ!そういうゲームなんだよっ!」
卑怯、という言葉を流してはおけない、後ろから聞こえてくる怒鳴り声に、俺も大声で反論する。
その時、まさにその時、握った手のひらに力がはいったのを、つまり、がぎゅっと俺の手を握り返したのを感じて、条件反射でを振り返った。
少し照れたような、怒ったようなよく分からない顔をしていたが、俺が振り返ったのに気付くと、目をあわせてニッと笑った。あ、この笑い方だ、1週間前のシャー芯をくれた時のの笑顔が、頭の中で重なった。
前を向き直った俺は、もう一度ぎゅっとの手をにぎると、人ごみの中に駆け込んで行った。
「さ、さすが、溝口くん、すっぽん、のように、しつ、こかったね」
「おう、なんなんだあいつは・・・」
ようやく溝口をまけて、はあはあと肩で息をしながら二人で芝生の上に転がった。
見上げた空は、透き通るほどに青い。
走ったばかりの体はすごくほてっていたけれど、5月の風は適度に心地良かった。
「はぁー、つかれたー」
「喉かわいたな」
「うん、そうだ、お昼ごはんたべなけりゃね」
「だな」
「それから、ゴリラ見にいこうよ」
「ゴリラ・・・勘弁・・・」
「えーー、なんでよう」
「つーか、なんでお前までゴリラなんだよ!」
「何それ、私ゴリラじゃないよ、失礼なー」
「ちげえよ、溝口もゴリラゴリラうるせーんだ、ゴリラみたら溝口思い出すじゃねえか」
「あはは、なんだ、そんなこと」
「そんなこと、じゃなくて重要なんだっつーの。ホラ、いくぞ」
先に立ち上がった俺は、自然に、すごく自然に、に手を差し出した。もまたその手に、自然に、すごく自然に、手を重ねた。
手をにぎった時に目があって、はニッと笑った。
俺もつられて笑って、ぐっとをひきよせた。