| 魔 法 の 土 瓶 20040406 |
人間というのはよくわからないもので、突然何かが食べたくなったり、飲みたくなったりするものである。
そしてそれは、たいてい前触れもなく訪れる。
なんて事を考えながら、三上は、まさしくそんな状態に直面していた。
「あ〜〜〜!お茶が飲みて〜〜〜!飲みてぇ〜〜〜〜ちくしょ〜〜〜」
ベッドの上でのたうちまわっても、その衝動は一向に収まりそうもない。
「ちくしょ〜〜〜〜」
「・・・・飲めばいいじゃないか」
先ほどからその様子を静観していた渋沢が、呆れたように口を挟んだ。
「事はそう簡単にはかたずかねえんだよ」
「なぜ」
「なぜ、って、お茶を入れるには給湯室にいかなきゃいけねえだろーが」
「・・・行けばいいじゃないか」
それになにか問題が?解せない渋沢は、眉をひそめる。
「ばか、給湯室は二階にあるじゃねえか、遠いんだよ」
「・・・遠いって・・・ただ階段あがればいいだけだろう」
「だーかーらー、事はそう簡単にはかたずかねえんだよ」
三上がイライラした口調でいう。
「二階・・・・」
渋沢は、三上の『どうしてもいきたくない』というその主張と、『二階』という単語に何かひっかかりをかんじて、少し考え込んだ。
あれは確か、2,3日前、誰かも二階にあがりたくないと言っていた・・・・誰だった?そして何故だった?
・・・・・・・・・・
「・・・・あ」
突然、記憶と記憶が結びついて、藤代の姿と、その青ざめた表情がぱっと頭にうかんだ。
・・・そうか。その記憶と、三上が二階へ行く事を嫌がる理由がはっきり結びついて、渋沢は思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんだよ」
それを目ざとくみつけた三上が、明らかに不快な表情になる。
「いや、なんでもない。・・・・俺がいれてきてやろうか?・・・それともついてってやろうか?」
「・・・・・!」
渋沢が言い終わるか終わらないうちに、三上が急にガバリと立ち上がった。顔が、少し赤い。
「う、うるせぇ、いってくるつってんの、別に怖くねーし!」
言うが早いか、そのまま走って部屋を出て言ってしまった。
「・・・最後の台詞でばればれだけどな」
ひとり残された渋沢は、三上の行動のわかりやすさに、耐え切れずに噴出した。
『キャプテン!聞いてくださいよ、俺、みみみみちゃったんです〜・・・・・!二階の給湯室で、白い陰が揺れるのを・・・・!』
・・・・三上のやつ、実は怖がりだからな。
意地悪しないで俺がいれてきてやればよかったか?
・・・・いいか、おもしろいし。
息をきらして帰ってくる三上を想像して、また、噴出してしまった。
こわくなんかなーいさ、こわくなんかなーいさ・・・♪
頭の中でそんなワンフレーズを繰り返し歌いながら、三上は二階の給湯室に向かって全速力で爆走していた。
行く道々、『節電のため』に消してある廊下の電気をいちいちパチッ、パチッ、とつけていく。
どこからどう見ても「怖くないと強がっている人」、にしか見えないあたり、同情を誘う。
「ちくしょう、渋沢のヤロウ・・・・!」
というか、何が一番畜生かといえば、こんな夜中に突然お茶が飲みたくなった、自分の体である。
二階へ続く階段をマッハで登りきり、給湯室へまっしぐら・・・・とおもいきや、その少し手前で足にブレーキがかかる。
『給湯室で白い陰が・・・・』
「う、うるせえ、そんな非科学的なもの、俺は信じねえ、信じねえ、信じねえぞ・・・・!」
少しばかり声が震えていては、説得力も何もないのだが。
怖くない、怖くない、と自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、藤代の顔と言葉が頭の中でしつこく回る。
『白い陰が・・・・』
や、やめようか・・・・
弱気になったその瞬間、頭の中の藤代が渋沢の顔にぱっと変わった。
『怖いんだな』
渋沢が、笑った。
「・・・・!」
こわくねえ、っつってんだろ!
お湯を入れれりゃあいいんだろ、やってやるさ、やってやるとも、俺サマに不可能はない・・・!
突然わきあがったその勢いにのって、給湯室までの残り数歩をずんずんと進んだ。
ところが、
給湯室の前まできて、初めて、ドアが開いているのに気付いた。
しかし、中は真っ暗である。
ゴクリ、唾を飲み込む。
そして次の瞬間、三上は、勢いでここまで来てしまった事を、人生の全てを捧げるほどに後悔した。
『給湯室で白い影が・・・・』
その時、三上は確かに見てしまったのだ。白い影が、暗闇で動くのを。
逃げよう、と思った。
けれど、足がまるでその場にアロンアルファでくっつけられてしまったように、ピクリともうごなかった。
逃げよう、けれど逃げれない、逃げよう、でも足が動かない・・・・
そしてその間も、三上の目は白い影から目をそらせない。
カチャ、
食器の擦れる音がした。
ビクリ、と体がはねる。
それに反応したかのように、白い影が、明らかに人の形をしたその影が、こちらを振り返った――――――――
「あれ?三上先輩?」
さっきまで、頭の中で回っていた青い影が、屈託なく笑っていた。
「・・・・・・・・・」
腰が、ぬけた。
「何してるんスか〜〜、そんな所に座りこんで〜〜〜」
カップラーメンを片手に、藤代がヘラヘラと笑いながら給湯室から出てきた。
怒鳴りつけたいのはやまやまだが、そんな気力が三上には、ないようだった。
「・・・電気つけろよ」
それでもそんな内心を悟られまいと、なんでもないふりをしてやっとそれだけを口にした。
「いいじゃないですか、電気がないっつーのもなかなかいいっすよ」
「めんどくさかっただけだろ」
「あ、ばれちゃいました〜?」
アハハ、と笑う藤代を見ながら、
・・・・こいつ、どういう神経してるんだ。
生で幽霊みといて、しかもあの時は確かに怖がってたのに、よりにもよってその現場で電気もつけずに平然とカップ麺にお湯をそそぐなんて・・・・・。どういう神経してるんだ!?
・・・・アホだからか!?
だったら俺もアホになりたい、と不覚にもそんなことを思ってしまった三上だった。
「先輩もなんか食うんスか?」
「いや、俺はちゃー飲もうと思ってお湯とりにきたんだ」
「渋いっすね!」
じゃあ待ってます、一緒に部屋戻りましょう。
と藤代が申し出てくれて、少しだけほっとしてしまった自分がすごく情けない。
三上は密かにため息をついた。
「あ〜、どっかにヤカンあったよな?」
「ヤカンは後ろの棚ッスよ」
「・・・・つーかねぇぞ、誰だよ、使っても戻さねえの・・・」
「・・・・・・・そ、そうっすねえ〜、世の中には悪いやつがいるもんですねえ〜・・・」
「ほお・・・てめえか、バカ代」
「ち、ちがいますって・・・嫌だな先輩、はははは!」
「どうでもいいけど何かねえの?鍋でもなんでも。用たさねえな、ったく」
「・・・・あ、先輩、どうですか、これは・・・・?」
棚の奥の方、藤代が恐る恐る出してきたそれは、埃をかぶって、所々錆びた
――――――土瓶、だった。
「・・・お前さ、ふるさと展やってんじゃねえんだから」
「・・・・ですよね」
「みして」
三上はけれど何か気になって、その古ぼけた土瓶を手にとってみた。
サイズはちょうど両の手のひらにのるくらい、土瓶だけあってズシリとくる重さ。
「・・・・ん?なんか書いてあるぞ?読めねえ・・・」
土瓶のふたに、文字らしきものをみつけてそれを読もうと、埃を払うためにその部分を強く擦った。
その瞬間、
ボン!
と音がして、何かが、手の中で、いや正確に言えば土瓶から、白い煙とともにはじけ飛んだ。
「!!!!!!!」
なんだ!?なんだ!?一体なんなんだ!?
動揺する三上に追い討ちをかけるように、甲高い、聞いた事のない声が、白い煙の向こうで、した。
「ハッピーニューイヤー!」
これがめくるめく素敵なストーリーへの、まあなんというか、始まりだった。