6.こたつみかん 

     ア・ハッピーニューイヤー!

 

 

「…何アホ面してんだよ」
あっちゃんのあきれた声に、ドアを開けたまま硬直していた私はようやく我に帰った。

「い、いつ帰ったの?」
「きのうの夜。家誰もいねーの?おじゃましまーす。はいみかん。はい明けましておめでとう」
突然のことでまだ心臓がドクドクいっている私のことなんてお構いなしに、あっちゃんは私にみかんの入ったビニール袋をおしつけると、ズカズカ家にあがっていってしまう。私ははあ、とタメ息ひとつ、玄関のドアをがちゃりと締めて、「もうー」と申し訳程度に文句を言ってからあっちゃんの背中を追った。

必要以上にドギマギしてしまったのは、タイミングが良すぎたから。

正月気分も、三日になれば嫌気がさしてくる。みんな初売りに出払ってしまって、ガランとした家の中でコタツにもぐりながら年賀状の整理をしていた。なんとか、とかいうお笑い芸人の声が、つけっぱなしのTVから洩れ聞こえる。ふと、一枚の年賀状に、手をとめた。『あけましておめでとうございます。今年もよろしく』。走り書きされたその文字をじっとながめていたら、何故だか可笑しくなって私はひとりで小さく笑った。この年賀状の送り主、あっちゃんは、今頃何をしているんだろうか。今年はこっちには帰ってこないのかな。

…今年も、よろしくおねがいします。

年賀状にそう頭をさげた時、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。

そして、慌てて玄関を開けてみればあっちゃんがいて。

驚かないはずが、ない。

「リモコンとって、リモコン」
あっちゃんを追って居間に戻ってみれば、当人はもうわがもの顔でこたつにもぐりこんでいた。
「誰の家だと思ってるの」
私はあきれた。
「お前んち、だろ」
あっちゃんが、にやりと笑って振り向く。
「…わかってんじゃん」
私は苦笑しながら、足元に転がっていたリモコンを手に取った。あっちゃんにリモコンを手渡す。瞬間、なんの刺激にもならない正月の特番が、さっと緑色にかわった。
「…うし、間に合った。…なんかうちのTV壊れててさー、使えねえよな、ったく」
綺麗に整備された緑色のグラウンドとアナウンサーの声に、私は無意識に肩を落とした。
「…これ見にきたの?」
「おう…あ、あと新年の挨拶?」
素直に肯定しかけて、慌ててつけたす。
――――なんで疑問系なのよ。
私に会いにきた、といわれても確かに困る。困るのだけれど、せめて他に何か言い様があるではないか。うちを映画館か何かと勘違いしてるんじゃあないだろうか。

文句を言いかけて、けれどスタメン表が映し出されたTVの画面を食い入る様にみつめるあっちゃんの横顔が目に入って、…まあいいか、お正月だし。と思い直して苦笑いした。

去年までなら、こんな光景は多分考えられなかった。去年だったら、たとえTVが壊れたとしても、誰か他の友達のうちに行っていただろう。それか、帰ってこなかったかもしれない。仮に100歩譲っても、あっちゃんがこうやって私の家の居間で同じこたつに入ってTVを見ている、なんていう光景は拝めなかったはずだ。

そのくせ、物心つくころから毎年欠かすかことなく送られてくる年賀状は、今年もいつもと変わらずに元旦に家にやってきた。少しは文面を変えてもよさそうなものを、ご丁寧に文面まで例年通り。

きっと、TVを見にきただけではなく新年の挨拶にやってきた、というのは本当のことなのだろう。

あっちゃんらしいな、と思って私はこっそり笑った。

「…何わらってんだよ」
「あ、ばれました?」
「バレバレだっつーの…みかんとって」
「…自分でもってきといて、食べる?ふつう」
「誰が土産、っていったよ?」
ああ言えばこう言う。私はガサリと袋のなかからみかんを取り出して、あっちゃんに投げつけた。
「…っぶねえ!」
「ナイスキャッチ」
ふふふ、と笑ったら、あっちゃんは渋い顔をして、TVに向き直った。
「なんだよ、始まってんじゃねーか」
「ねえねえ、東京代表の高校のさあ、10番かっこいいよね。一回戦のさ、一点目のフリーキックで胸を鷲掴みにされちゃった。あ、そう、この人!」
「……」
「何、その目」
「いや、別に」
「うわ、感じわる」
「俺こいつ見たことあるぜ」
「え、なんで?」
「うちの高等部、決勝でこの学校に負けたんだよ」
「…それは勝てないわ、この人がいたら」
「喧嘩うってんのか」
「冗談だよ」
「まあ、でも、確かに、…うまいよな」
一呼吸おいて、あっちゃんががポツリと呟いた。一瞬静かになったTVのせいで、その声が居間に響いた。
「まあ、みかんでも食べとけよ」
私はわざと大声でそういうと、もう1個みかんを掴んであっちゃんの方へ放った。
「おまっ!だから、投げるなっつーの!」
あっちゃんはむきになってそう言うと、そのみかんを投げ返してきた。
「自分だって投げてんじゃん!」
「俺はいいんだよ、俺は」
「あーそうですかー」
私はキャッチしたみかんを投げ返そうとして、けれどすぐに考え直してそのみかんを剥きはじめた。あっちゃんが多少面食らった表情で、こっちを見る。剥き終わってみかんをひとつ、口に放り投げた。まだ私の方を見ていたあっちゃんと、目が合う。みかんの甘さが、口の中をじんわりと満たす。

あっちゃんと、視線が絡まる。

「…おめでとう」
私はふと思い出して、そのまま口にした。
「何が?」
あっちゃんは、困惑した表情で眉間に皺をよせた。
「まだ言ってなかったなあ、と思って」
「だから、何が」
あっちゃんがイライラした口調で言った。たしかに、意味もわからずお祝いの言葉をかけれられても困るだけかもしれない。
私はまたひとつみかんを口に放り込んだ。
「…武蔵森10番ゲット!おめでとう」
「…ああ。なんだ」
虚をつかれたのか、あっちゃんは一瞬きょとんとして、それから面白くなさそうにTVの方へ視線を戻した。それから10秒くらいおいて、「サンキュ」という、耳を澄まさなければTVの音にまぎれてしまいそうな程の小さな声が聞こえてきて、私はまたこっそり笑うのだった。

TVに何気なく視線を移す。例の東京の高校の10番が、ちょうどコーナーキックを蹴るところだった。穏やかなアナウンサーの声が、歓声に重なる。ホイッスルの音と共に10番が蹴り上げたボールは、滑らかな曲線を描いてゴール前にまっすぐ向かう。ゴール前の激しいボールの奪い合い。こぼれたボールを、味方の9番がたおれこむようにしてヘディング。しかしギリギリのところでゴールポストに阻まれて、跳ね返る。思わず惜しいッ!と言葉が洩れる。けれど流れたボールは、DFの裏側に落ちる。そしてそのスペースに走りこんできていた味方が冷静にそれを押し込んで、1点先取。

仲間とハイタッチをかわす10番を見ながら、なんとなく私はそこにあっちゃんを重ねていた。

視線をかんじて、ふりむく。

私は多分、にやけていたんだと思う。自覚していなかったけれど。

「…お前なあ…」
あきれた顔であっちゃんが言った。
なに?私は無言で、視線だけで問い返す。
「…何でもねえよ」
そう言って渋々TVに視線を戻すあっちゃんを確認してから、私はできるだけ何でもない風を装って、ポツリと口にした。

「応援にいくよ、あっちゃんが高校生になったら、さ」

あっちゃんの背中が、ピクリとわずかに揺れた。

TVの向こうでは、また、東京代表がチャンスを迎えている。

 

であってから何度目かの、お正月が今年もゆっくりと終わろうとしていた。

 

ア・ハッピーニューイヤー!
今年もまた、いいことがあるといい。
私はあっちゃんの背中に、今年もよろしくお願いします、ともう一度心の中でつぶやいて軽く頭を下げた。

一瞬不自然に静まり返ったTVの向こうでは、ちょうど例の10番がボールを蹴る瞬間だった。歓声がわきあがる。けれどディフェンダーの頭上を越えゴールに直接向かったボールは、咄嗟に反応したキーパーの手によってはじかれ、追加点とはならず。

「俺だったら、あのフリーキック一発だぜ」

そして不意に呟やかれたあっちゃんのつよがりに、私はお腹を抱えて笑うのだった。

 

 

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