幸せってのは、どこかに落ちていたりはしないんだろうか。

そう思った大晦日、関東地方は実に21年ぶりに大雪に見舞われた。

 

 

 

8.雪だるま 

 
   出会ってから、何度

 

 

 

 

強風と雪のため新幹線運行見合わせ。再開の目途なし。

 

人でごったがえす東京駅で、電光掲示板を見上げたまま途方に暮れていた私を我に帰らせたのは、携帯電話の振動だった。
まったく運が悪いとしかいいようがない。30日にどうしてもはずせない予定が入ってしまったせいで、年内ギリギリの今日、31日に帰省するしかなかったのだ。それだけでも最悪だというのに、よりにもよって大雪で、実家に帰れなくなりさえするなんて!

……ひとりで淋しく年越しをしろと、そういうんですか。

ここしばらくのうまくいってなかった事とか、いくつもの些細な不満とか、そういう色々なものがいっきにわっと心の中で蒸し返してきて、私は立ちつくしたまま泣き出したい気分になった。

少なくともその時、三上から電話がかかってこなければ、私は多分泣き出していたんじゃないかと思う。

 

「…もしもし」
周囲の騒音を意識して、お腹にこころもち力がはいる。
『おう、?』
電話の向こうから三上の声が聞こえて、そのひびきが私を急激にほっとさせた。
「うん、…どうしたの?」
『あー、や、雪すげえじゃん。お前かえれんのかよ?』
意外な質問に、私は多少面食らいながら答える。
「…それがさー、新幹線止まっちゃって…サイアク」
『…ついてねえな、…で、これからどうすんだよ』
「え、あー…どうしよう?」
私は突然、ひどく情けない気分になった。
1人で淋しく新年を迎えなければならない、という現実は全然改善されていないのだ、ということを思い出してしまって。
最初からひとりで年越しする予定だったならまだしも、数時間前までは家族団らんな気分満々だったのだ。
それが、突然ひとりになるなんて、ダメージが大きすぎる。
三上のおかげでほっとしたのも束の間、私は一瞬で奈落の底に突き落とされてしまった。

一呼吸おいて、三上が言った。

『…飲み行かね?』

願ってもない…!
私にとっては、まさに渡りに綱だった。三上の言葉に、私は電話なのも忘れて、頭をちぎれんばかりにブンブンと縦にふった。

待ち合わせの駅を決めて電話を切ってから、はじめて、三上とのみに行く―――つまり、2人で年を越す、というその事実に気付いてしまって、はっとした。唐突に動悸がたかまるのを感じた。

いいのかな、という気持ちがまず込みあげてくる。三上は今、彼女とかいないんだろうか。でなくても、好きな人とか…。

私にだって、それくらいのことを考えるデリカシーは、ある。

三上とは大学の入学式以来の仲だから、もう3年の付き合いになる。気兼ねなしに色んなことが言い合える、数少ない男友達のひとりだ。まあ実際のところ、大学では三上は部活に忙しくて、かぶっている授業で一緒になる程度だったから、飲み友達といった方が正しいかもしれない。慣れてしまえば人当たりのいい三上と話をしているのは楽しいし、そして何より安心する。それだけの仲、といえば納得してしまうような、それだけの仲だ。

 

 

電話で決めた待ち合わせ場所は、大学の最寄り駅だった。

通いなれた駅の改札をくぐると、見慣れたはずの景色はどこにもなくて、代わりに視界に広がるのは、ひたすら真っ白な街。
駅のロータリーが雪にうもれてしまって、どこからどこまでが道なのか見当もつかない。

見渡すかぎりの、真っ白な世界。

私は一瞬足を止めてそれに見入ってしまう。
雪、というただそれだけで無条件に込みあげるわくわくする気持ちに、私は我知らず笑いをこぼした。

足を踏み出すたび、足下の雪がシャリ、シャリ、と静寂の中で響くのを耳に心地よく感じながら、私は待ち合わせの本屋さんに向かった。

本屋さんに入ると、もわっとした空気が私をとりまいた。それにちょっと不快感を覚えながらも、私はまっすぐ雑誌コーナーに向かった。本屋さんの中をぐるりと見渡さなくても、三上がいる場所はいつも決まっている。
サッカー雑誌の並ぶ棚の前。三上の背中をみつけて、私はやっぱり、と得意げに近寄った。そしてその背中をポン、とたたく。
「ごめん、おまたせ」
三上が振り向く。
「おう、…お前、一回家かえってこなかったのかよ?」
右手に実家に持って帰るはずだった人形焼のお土産を、左に旅行バックを抱えた私の大荷物を見ながら、三上が苦笑した。
「…うん、面倒くさくって」
本当は三上を待たせるのは悪い、と思ってそのまま来たのだけれど、私は笑ってごまかした。
「1個かせ、もってやる」
三上はしょうがなさそうに言って、手を差し出した。
「や、いいよ、別に」
「…あのなあ、雪道で両手に荷物は危ないだろ、お前が転んだりしたら恥かしいじゃねーか。俺が」
「ありが…え、そこなの?私の心配はなしですか…?」
「いいから、かせっつーの」
そう言うが早いか、三上は私の手にあった人形焼を強引に奪い取ってしまった。
「っつーか、なんだよこれ」
「人形焼。…いっこあげようか?」
「死んでもいらねー」
「ははは。わかった、墓前に手向けてあげよう」
「おい、いらねえっつったの聞こえたかおまえ」

それから、どこに行こうかとダラダラと考えた結果、いつもの大学の近くの居酒屋にいくことになった。今年も終りだというのに、これではまったく特別感がない。

まあそこがいいといえばいいのだ、と私は言い訳のように思って外に出た。

外は相変わらず真っ白かった。あたりまえのことなのだけれど。

キュッ、キュッ、たまにシャリシャリと、足を踏みしめるその度に音が鳴るのを楽しみながら、私は三上の後ろをゆっくり歩いた。三上が、歩きやすい道をえらんで進んでいってくれているのがわかる。
三上は、なんというか、一言で言えば優しい。
でも彼のいいところは、当人はそれを自覚していないところだ。
むしろ、そうやって褒めようものなら全力でもってそれを否定する。
否定するというよりも、恥かしがるといったほうが正しいかもしれない。(そして私はそれをからかって遊ぶのだ)
ぶっきらぼうに振舞いながら、実はいろんな気をまわしている。
三上の彼女になる人は、きっとすごく幸せだろうと、そう思う。

元彼とは、えらい違いだ。

ほんの数日前に別れた男のことを思い出してしまって、私は三上に気付かれないようにこっそりため息をついた。

 

 

 

普段は学生でごったがえして賑やか過ぎる居酒屋も、今日ばかりはガランとしていて、妙にゆったりとした空気が流れていた。

頼んでおいた生グレープフルーツサワーがやってきて、私は満面の笑みで三上の方へグレープフルーツと絞り機を滑らせた。
「…おまえなあ、たまには自分で絞れよ」
「たまには、ね」
私は他人事のように言って笑った。
三上はブツブツ文句をいいながら、それでもグレープフルーツに手をかけてぎゅっと力を込めた。
私がグレープフルーツサワーを必ず頼むのは、そのお得さという理由からだけではない。ただ好きなのだ、誰かがこうやって私のためにグレープフルーツを絞っているのを見るのが。
その時の絞ってくれている相手の手を、ただじっと見つめるのが。
まあようするに、ただの我がままだといってしまえばそれまでのことなのだけれど。

あいつはどこまでも自己チュ―な奴だったけど、グレープフルーツだけは頼むと妙に従順に絞ってくれたっけ。
三上の手をじっと見つめていたら、条件反射で元彼の思い出が胸の奥からこみあげてきて、私はまた、ため息をついた。

「ほらよ」
ぼんやりしていた私の方へ、三上がグレープフルーツを差し出す。
私は慌ててそれを受け取りながら、三上の手を密かに目で追った。
三上の手が生ビールのジョッキを掴む。その手が持ち上がるのをさらに目で追いながら、今は好きな人とかいないのかなあ、とまたぼんやりと考える。
「そういえば、よっしーが新年会するとかはりきってたぜ。聞いた?」
「あー、うん」
私は心ここにあらず、で答える。三上の手は、暖かいのだろうか。冷たいのだろうか。
考えてみれば、私は三上のことをほとんどと言っていいほどしらない。
知りたい気がする。でも知って、それからどうするのだろうか。

「ねえ、そういえば三上は実家かえんないの?」
「あー、実家つっても東京だしな…正月にでも帰る」

私はサワーをぐっと一気に飲み干した。
それからはひたすら取りとめもなく、大学の話だとかTVの話だとかをして過ごした。
けれど三上がお箸を握るたび、ビールのジョッキを掴むそのたびに、私の頭の中には元彼の姿がフラッシュバックして、度々居心地の悪さに膝をなおした。

それからしばらくして、ゆくとしくるとしを見ないと年がこせない!と言い張る私のわがままで、23時を少し過ぎた頃に居酒屋を出て、三上のアパートへ向かうことになった。

三上は、大学の近くのアパートで1人暮らししている。
東京出身のくせに1人暮らしなんて贅沢なやつだ、と私は常々羨ましがっていたものだ。

くるときと同じように、前を行く三上から少しおくれて雪道を歩きながら、私はぼんやりと思う。

明日には、この雪ももう溶けてしまうのかなあ。

そう思うとなんだか急に寂しさが込みあげてきて、私はいてもたってもいられなくなった。

「三上」
「あ?」
私は立ち止まって三上のジャケットの端っこを掴んだ。
「これ」
振り向いた三上に、私の目の前にあるものを指差してみせる。
「…なんだよ、地図?」
訝しげに向けられた視線に笑いかけて、私は地図のやや右よりの真ん中あたりを指し示した。
「ここ、いこ」
三上の目が私の指した部分を凝視する。
「…公園?」
「あたり」
「…何すんだよ?」
「雪遊び、しよう」
三上の目が、丸くなる。
「お前、いくつだとおもってんの」
「にじゅういっさいです」
「…ハタチすぎて雪遊びですか」
三上があきれて言う。けれど三上の呆れ顔には、もう慣れっこだ。私は、いいじゃん、と口をとがらした。
「ゆくとしくるとし見たいんじゃねーのかよ」
「それまでに帰れば問題なし!」
お酒のせいもあってか、やたら軽い足をスキップにかえる。
三上が背後で、
「おいっ、ころぶぞっ!」
とどなったけれど、私はお構いなしで雪の上をスキップして向かうのだった。きっと真っ白な公園へ。

 

 

 


「雪だるまつくろう!」

公園について第一声、私は三上を振り返った。
「ヤダ」
「なんでよ、けち」
「だって手つめてーし」
「あっそ、いいよ一人でやるからー」

そう言って私はその場にしゃがみこむと、足元の真新しい雪をすくって丸くした。たしかに、それだけでもう手が凍るように冷たい。
けれど、少しのがまん。
雪だるまを作るまでのがまん。
私は心の中でいいきかせて、丸くした雪にさらに雪を重ねて大きくした。

背後で、三上が足を踏みかえるその度にサクッサクッという音が聞こえる。

空気までが凍て付いてしまいそうな寒さの中で、私はそっと息をした。
白い吐息が、雪の背景に静かに同化する。

……静か過ぎる。
漂う沈黙。何分もたたないうちに私は早々とギブアップした。
とりあえずぱっと頭に浮かんだ疑問を、私は考えなしに口にした。

「ねえー、好きなひといないのー?」
「はあ?何いってんの、突然」
「ね、いるの?」
有無を言わさず重ねた私の問いに、三上は雪の上にしゃがみ込むと雪をすくいあげた。
そしてそれを器用に丸めると、まっさらな雪の上でコロコロ転がした。
伺う私のことをしばらく無視して、三上は熱心に雪の玉を転がしていた。
痺れをきらした私がもう一度口を開こうとしたその時、ようやく三上は口を開いた。
「……いないことも、ない」
「なにそれ、はっきりしないなあ」
「うっせえ、てめーに言われる筋合いはねーよ」
「ね、だれなの?」
身を乗り出して尋ねた私に、三上は再び黙ってしまう。

それから、ゆっくりと、慎重に口を開いた。

「お前さ、本当はあいつのこと、好きだったんだろ?」

ドサッと大きな音をたてて、雪のかたまりが背後の木から落下した。

……あいつって、だれ。
なんでもないように返答しようとして、けれど何故だか凍て付いてしまった口がうまくひらかない。

あいつ――――
      数日前に別れた元彼、多分それ以外にいない。

1ヶ月前くらいからだった、私が彼と別れたい、と事あるごとにもらしていたのは。
…けれどそれは、相手が私に対して興味を失ってきていたのを感じ取ってしまったからであってのこと。私の気持ちが冷めてしまったとかそういうわけでは、決してなかった。
どちらかというと、保険。
別れを切り出されてもすっぱりとそれを承諾できるように、未練がましい女にならないように。
それになにより、周りに可哀想な女だと、見られないように。

私は、思わずあげてしまった顔を後悔した。三上とかっちり目があってしまって、うまく目線がはずせない。三上に射すくめられては、嘘をつける気がしなかった。

私は肩を落とすと、消え入りそうな声をポツリと雪の上に落とした。

「好きじゃなかったら、付き合わないよ…」

なんで三上にはわかってしまったのか、わからなかった。私は雪の中にしゃがみこんだまま、ひどく情けなくない気分になる。三上が不意に視線をずらして、呪縛がとけた私は思わずほっとした。

けれどほっとしたと同時に、何か暖かいものが頬を伝った。

何かのタガが外れたように、涙腺を刺激する熱い固まりが胸の奥から込みあげてきて、私はなす術もなくそれに身をゆだねる。

「三上の、ばか」
私は嗚咽をかみ殺しながら、悪態をついた。
「ばーか、無理すんなよ」
「ねえ、好きな、人、誰なの」
「そのうち教えてやるよ」

今や立って転がせるほどの大きさになった雪の玉を、ころころ転がしながら公園を悠々と横切る三上を目で追っていたら、殺しきれなくなった嗚咽が込みあげてきて、私はしゃがみこんだ。

三上が好きになってくれる女の子は、幸せだ。
……私が好きになる男の子は、どうだっただろうか?

悔恨と自壊をこめて、しゃがみ込んだ腕の中に顔を埋めて声を押し殺したまま、静かに泣いた。

もっと正直な恋愛がしたい。

凍えた手のひらが、ジンジンとした。

 

*

 

どれぐらいだったか、わからない。
多分30分もたっていなかっただろうと思う。
泣くだけ泣いてしまって涙が枯れた頃、私はおそるおそる顔をあげた。

真っ白な公園、三上を探そうと思ってあげた視線が、ふと違う物にとまって、私は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ…、何、この雪だるま!あははは、へんなかお…!」

「…っせー、りりしいじゃねえか」

頭上から声がして、私は上を見上げた。見下ろす、三上のあきれ顔。
私は泣いていたのもわすれて、真っ赤な目を隠そうともせず満面の笑みで笑い返した。
「顔は変だけど、すごい…!…あ、手、かじかんじゃったでしょう?わたし、なんか暖かいものおごってあげるよ」
慌てて立ち上がりかけた私を、三上が肩を抑えて強引に押し留めた。
「コーヒーなら、ある」
どこか不機嫌そうな表情でそう言って、差し出されたコーヒーに私は心底驚いて三上を見返した。
「…どらえもんみたい」
「…褒め言葉になってねーぞ、それ」
「だって褒めてないもん」
「あっそ。それはどうも」
「いえいえどういたしまして」
私はにやにやしながら、缶コーヒーのプルタブを音を立ててあけると、慎重に口に運んだ。
「わー、ぬるい」
「…黙ってのめ」

ぬるくて甘ったるいコーヒーを口の中でもて余しながら、私は空を見上げた。
どんよりと雲って灰色な夜空を仰ぎ見た時、ふとあることを思い出して三上を振り返った。

「…そういえば21年ぶりなんだってさー、大晦日に雪ふるの」

21年前の大晦日の夜も、こんなふうに雪の中で夜空を見上げていた人がいただろうか。
計らずとも、そんなことを考えてしまう。

「へー…つーか、それって」
「うん。なんか嬉しいよね、私たちが生まれた年以来なんてさー」
「俺、まだ生まれてねえけどな」
勝ち誇った顔で三上が笑った。
「え、そうか、1月生まれじゃん!うわー、かんじわるー」
「しってるか、そのお前の反応の方がかんじわるいってこと」

三上が嫌味と一緒にカラの缶からを空に放り投げたその時だった。

 

ゴー――――ンという低い音が静寂をふるわせたのは。

 

私達は一瞬、しまった!と思って反射的に顔を見合わせた。

ゴー――――ン…………

「…あー、あけちゃった…」

新年第一声が、なんとも間抜けな声。

「…こんな微妙な年明けは、人生ではじめてだぜ…」

三上が呆然と呟いた。

ゴー――――ン…………

 

明日には、この雪ももう溶けてしまうのかなあ。

鐘の音に、ぼんやりと思う。

明日には、実家にいかなきゃならないんだなあ。

寂しさが、胸の奥から込みあげる。

けれどわからない。私は一体何に淋しがっているんだろう。

 

三上はさっきから、無心で夜空をながめている。
私はその横顔を盗み見て、その瞬間胸がどくんとなる。

目が、はなせない。

ドクンドクン、心臓は早鐘のようで。

ゴー――――ン…………

じっとみつめていた横顔が振り向く気配をかんじて、私は変に動顛して、雪だるまの後ろに隠れた。

「何やってんだよ、帰るぞ、そろそろ」
「…うん」

胸がどきどきしている。
おかしい。出会ってから何度、私は三上の横顔をみてきただろう?
そしてであってから何度、それに見入ってしまっただろう?

私はゴクンと唾を飲み込んだ。

―――――――――――――1回だって、なかった。

明日には、この雪も溶けるだろう。

明日には、実家に帰るのだろう。

形のわからない寂しさが、胸の奥から込みあげてくる。

「…風邪ひくぞ」
三上が、近づいてくる。
雪だるまが邪魔してみえないけれど、気配でそう感じる。

明日には、この雪だるまも溶けてしまう?

考えるよりも先に、私の口が動いた。

「ねえ、明日は実家に帰らなくちゃいけないのかなあ」

言ってしまってから、何故だかひどく泣きたい気分になった。
三上が、雪だるまの向こうでため息をつく気配がした。
きっと飽きれた顔をしている。けれど三上の呆れ顔には、もう慣れっこだ。
…慣れっこな、はずなのに。

空気がわずかに動いて、三上の手が雪だるまの上ににゅっとのびてきた。
雪だるまの後ろから抱きつくようにしゃがんでいた私は、息をひそめてそれを見ていた。

にゅっとのびた三上の手が、雪だるまの頭をなでた。

そのせいで、雪の粒がパラパラと頭上に降ってくる。

 

私は、後ろから雪だるまに抱き付いている。三上は、雪だるまの前に立って雪だるまの頭をなでている。沈黙の中で、なでている。

 

なんておかしな光景だろう。

突然、三上が大きなくしゃみをした。
大丈夫?とっさに口をひらきかけて、けれど三上の早口なその言葉に遮られてしまった。

「天皇杯のチケット、2枚もってんだけど」

私はもう感覚がなくなって冷たくなってしまった手で、さらにぎゅっと雪だるまを抱きしめた。
そうして顔を押し付けて、溢れ出る笑いを、雪だるまの背中にそっとうずめた。
スノーマンみたいに、私をどこかステキな場所へ連れてってくれるといい、とうわのそらで思いながら。

ねえ三上、出会ってから何度、私はあなたの彼女になる人は幸せだと思っただろう?

 

私たちがこの世に生まれて以来降ったという雪は、公園を、木を、家の屋根を、ただ静かに真っ白にそめていた。

 

気配がして、私は雪だるまからのろのろと顔をあげた。
さっきまで雪だるまを隔てた向こうにいたはずの三上が、目の前にいて私は少しぎょっとした。
凍て付く空気の中で、三上がはあ、と真っ白な息をする。
私も息をする。
瞬きをしたその瞬間、ふたつの真っ白な吐息が、静かに重なった。

 

 

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