寝 ぼ け が お 20040328

あの人の寝顔に、私は恋をしてしまった。

我ながら、困ったものだと思う。でも、どうしようもないのだ。
私の席の右斜め前、いつでも幸せそうに眠っている、あの人の顔を見るたびに私の心臓はドキドキして、授業どころじゃなくなってしまう。そして気付いたらあの人の顔をもっとみるために、前にのりだしていたりするんだ。これではいつか、ばれてしまうんじゃないか――別の意味で、ドキドキする。

「よう」
「おっ、おはよう!」

・・・なんて事を色々と考えていたら、あの人、つまり三上君が、突然現われたものだから私はもうびっくりして、挨拶ごときに思わず声が裏返ってしまった。変に思われてないだろうか?恐る恐る斜め前に目をやってみたけれど、三上君は何事もなかったかのようにいつものごとく少し乱暴に椅子をひくと、ドサッと椅子に腰をおろした。
と、間髪おかずに後ろからやってきた渋沢くんに頭をこずかれて、何やら暴言をはく三上くん。でも言葉とは裏腹になんだか嬉しそうだからおかしなものだ。・・・・というか、陰ながら観察しつつ実況中継をしている私はちょっと、いやかなり、やばい気はするのだ。でも、やめられないから困るのであって、私はこれを密かにかっぱえびせん現象と呼ぶ。

でもね、私はね、あくまで彼の寝顔に恋をしたのだ。

渋沢くんと談笑している姿や、サッカーをやっている姿、円周率を得意げに暗唱している姿に恋をしたわけでは、断じてない。だから私はまつ。彼が眠りにつく時を。

・・・・けれど。

春の日差しは、乙女にはつらい。
待っていたはずの私自身が、いつしか眠りにつくときまで、そう長くはかからなかった。

 

☆  ☆  ☆   ☆  ☆  ☆  ☆   ☆
  ★  ★  ★  ★   ★  ★  ★  ★

 

「・・・・ん、・・・し・・・わ・・・さ」

・・・ん・・・ん〜・・・・・

「・・・さん!」
「・・・ん〜」
さん!」
「・・・・・わっ!し、しぶさわくん!」

春の中をふわふわと漂っていた私は、誰かからしきりに呼ばれる声で目を覚ました。・・・のだけれど、その誰かが渋沢くんだったものだから私は例にもれずに驚いて、返答がうわずってしまう。そんな私に渋沢くんは微笑みながら、

「ごめん、せっかくのところを起こしてしまって」
と悪びれずに詫びた。
「いえ、いえいえ、そんな、そんなことはないです」
何がそんなことはないのかわからないまま、私はこれ以上はないくらいに恐縮して同じ言葉をくりかえした。いつも遠くから拝見している(三上くんメインではあるけれど)渋沢くんが目の前にいらっしゃって私に話し掛けてくるとなると、嫌がおうでも緊張してしまう。うん、それは仕方のないことだと思う。
「社会の宿題、先生に頼まれて集めてるんだけど、いいかな?」
そんな私を渋沢くんは冷たい目でなど見ずに、むしろ暖かい微笑みをたたえて言った。ああ、なんていい人なの!涙がでそう!
「あ、そうか!ごめんね、ちょっとまってくださいね」
どうも、言葉遣いの勝手がわからなくて混同してしまう。なんせ、クラスが同じというだけでほとんど挨拶くらいしか言葉を交わした事はなく、しかも彼はこの学校のスター★集団であるサッカー部のキャプテン、さらに言えば頭は学年ナンバーワン!私なんざ、彼の名前を口にするのさえ恐れ多いほどなのだ。それは、まあ、三上くんも同じこと。頭はそーでもないけれど、サッカー部というだけで世界が違うのだ、一般ぴーぽーの私にとっては。だって、私と彼の接点といえば、席が斜め前ということくらい。証拠に、言葉は、実は、挨拶・・・しか、交わした事がなかったり、する。
私はまだ心の慌てようが収まらないままに、社会の宿題を取り出すべく鞄を漁り始めた。

・・・・・の、だけれど。

「あ、あれえ・・・・?」

な、ない・・・!?そんなはずはそんなはずは!だって、昨日の晩宿題をやって、忘れないようにって鞄の中に・・・・・・

「い、いれてないや・・・・。そういえば、忘れないように、って机の上におい、といた、んだったぁ・・・・・」
あまりのショッキングな出来事に頭の中で考えていることが言葉になって出ている事に私は気付かないまま、その場で頭をかかえてしまった。ああ、ドジな私!
さんらしいな」
「えっ!わ、あ、え、そ、そう?」
渋沢くんの存在をすっかり忘れていた私は、渋沢くんの笑いをかみ殺したような声にびっくりして顔をあげた。なんですか、らしい、って!私はドジな女だと思われているってことですか!?まともに話したこともないのにですか!?
「あ、悪い意味じゃないから」
「うん、自分に都合のいいように解釈しておきます」
心の中ではにわかに動揺しながら、私はすましてそう答えた。宿題忘れたのにかっこつけてる場合じゃないんだけど。
あ!そうだ、宿題!
「渋沢くん、せっかく集めにきてくれたのにごめんね、忘れちゃったから・・・」
せっかくやったのになあ。自分の部屋の机の上にいらっしゃるノートを恨ましく思った。
「宿題、やったんだろう?」
・・・もったいないな。
渋沢くんがポツリとそう言った。私はその言葉につりこまれる様に、渋沢くんの顔をまじまじと見る。
「・・・・・俺のでよかったら、写す?」
「え、そ、そんな、それはかたじけない、じゃなくて渋沢くんに悪いよ!」
「いつの時代の人だよ」
渋沢くんは本当におかしそうにわらって、それから、後ろを少し振り返った。
「お前も少しくらい遠慮とかしたらどうだ」
「したぜ、コンマ1秒くらい心の中でな」

「!」

私はドキリとした。だって、渋沢くんが体をうごかして開けた視界のむこうで、三上くんが必死でノートを写していたから。

、お前も遠慮してないでこいつの写せよ。下手したら自分がやったのよりいい点数もらえるぜ」
「お前が言うことじゃなだろう」
渋沢くんがしかめっつらで渋い顔をする。
けれど私は、こころここにあらず。

だって・・・!奥さん、聞きました?!三上くんが「」ですってよ!私の名前を呼んだのよ!今この瞬間に・・・・!ああ、録音しておけばよかった、私のろくでなし・・・!

なんて事を延々と考えてるうちに、(そして半ば強引に)気がついたら私は三上くんと席を並べ、渋沢くんの社会の宿題を仲良く写していた。
(社会のノート、貴方、机の上にいてくれて最高よ!)

、お前さ、いつも寝てるよな」
「え、そ、そう?でも三上くんもいつも寝てるじゃない」
え、え、三上くん私のこと密かに見てたの?やだ、どうしよう、困っちゃう、やだ、嬉しいよもうーーー!
妄想は止まらない。・・・・・春だもの。
「そうだな、お前の方が寝てるぞ」
渋沢くんに横ヤリをいれられて、おもしろくなさそうな三上くん。
「うるせぇーよ。いいの、俺は特別なの」
私は二人の会話を頭上に聞きながら、せっせと渋沢くんのきれいな字を写していた。というか、そうすることで、緊張しているのを悟られないように、していた。

「でーきた。さんきゅー、渋沢」
「いいよ、今度おごってもらうからな」
「はいはい、まかしとけって」
私も無事写し終えたノートを渋沢くんに渡しながら、言った。
「本当にありがとう。今度、お礼に何かするね」
「何、なんか芸してくれんの?」
と、渋沢君が口を開く前に三上くんがニヤニヤ笑いながら口をはさんだ。
「え、芸?うーん、皿まわし・・・とか?」
、皿まわしできんの?!」
「・・・や、ごめん、うそですうそです」
さん、気にしなくていいから。三上のことは」
渋沢くんが申し訳なそうに遮って立ち上がった。私は曖昧にうなずいて、クラス分のノートを提出すべく職員室に向かう渋沢くんと三上くんの後姿を見送った。

そして、この突然の出来事を忘れてしまわないよう、ゆっくりと目をつぶって余韻にひたった。

(寝顔じゃない、生きて、しゃべっている三上くんも、やっぱり好きなんだなあ)

 

 

☆  ☆  ☆   ☆  ☆  ☆  ☆   ☆
  ★  ★  ★  ★   ★  ★  ★  ★

 

 

あの日から、私と三上くんは少しだけ、ほんの少しだけ、クラスメートとしての仲を深めたようだった。

例えば朝のあいさつだって、

「よう」
「おはよう!」
「今日も眠いな」
「うん、いい天気だものね」

・・・・ていうふうに、一言多くなった。ええ、本当にひとこと、なんですけれども!

もっと仲良くなるにはどうしたらいいのかなあ?

もっと側で三上くんの寝顔をみるためにはどうしたらいいのかなあ?

あらいやだ、私大胆なこと考えてる?

そんなことばかり考えていたら、移動教室なのに体だけ移動して教科書もノートももっていくのを忘れてしまって、慌てて教室にとりに戻るはめになった。廊下を走っていたら、授業の始まりを告げるチャイムがなった。

あーあ、遅刻じゃーん・・・・。

やる気が少し削げて、教室にたどりついた私は力なく静かな教室のドアをあけた。
ガラガラガラ・・・
あけて、自分の机に向かおうとそちらの方向に何気なく目を向けたとき、私の踏み出しかけた足は、止まってしまった。
目は、ある一点に釘付けになる。

「・・・みかみくん・・・・?」

そう、私の席の右斜め前、春の陽光をうけて、三上くんが机につっぷしていた。耳をすますと、かすかな寝息がここまで届く。私は一瞬ためらったけれど、結局、恐る恐る教室の一番後ろの窓がわ、まで近づいていった。

「三上くんだ」

分かっていたけれど、何か不安になって、寝顔をのぞきこんで、それが確かに三上くんだという事を確かめてほっとした。ほっとした私は、思わず、自分の席の椅子をひいてそこに座り込んだ。ノートと教科書をとりにきたなんて事はすっかり忘れて、私はそのまま、机にひじをついて少しのりだすようにして、三上くんの寝顔を情熱をもってみつめた。

「寝てる・・・よね?みかみくーん、おおーい、おおーい」

規則正しい寝息は、さっきとかわらないまま。・・・・寝てるんだ。

三上くんの寝顔、三上くんの寝顔、三上くんの寝顔、教室には私と三上くんのふたりきり。

どうして有頂天になれずになんていられる?
どうして欲が出ずにいられる?
三上くんは、ごらんの通り眠っているわけだし、私のいう事なんて、聞こえないじゃない?

「三上くん・・・・あのう、告白してもいいですか」

三上くんの聞こえるところではどうしたって言えそうにないから、だから、眠っている間に、してもいですか。
少しだけ卑怯だけど。

「あのう、三上くん、わたし・・・」

スー、スー、スー、スー

「いつからか、あの、多分、席替えをしてあなたの右斜めうしろになってから」

スー、スー、スー、スー

「あなたの寝顔がきになって、きになって、・・・・」

スー、スー、スー、スー

「恋を、してしまいました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、あれ?」
寝息がきこえな、

「寝顔だけ?」

「え、や、やだ、みかみく、お、お、おきて・・・・・?」

あまりにもタイミングよくむくりと起き上がった右斜め前の少年に、私の頭はサー―ッと真っ青になった。

「寝顔だけ?」
三上くんは同じ言葉を、いつもの意地悪そうな笑い顔じゃなくて、今までみたことのない、真剣な顔で繰り返した。
私の頭はこの展開に、ついていけない。口はパクパクと、ただ酸素を吸い込むだけ。
「俺、さ。たぬき寝入りうまいんだぜ。知ってた?今まであんまり寝たことなかったんだよなー」
「え、え、え、じゃあ・・・・・?」
「そ、いつもたぬき寝入り」
三上くんが、笑った。
「な、なんで・・・・?」
「誰かさんが、いつも俺のこと見てるからなー、授業そっちのけで」

ちゃんと授業きけよ、

そう言って三上くんが、また、笑った。

「だからって、たぬき寝入りすることないじゃない」
私ははめられた気がして、ひどくバツが悪い。
「お前、にぶいのな」
三上くんが、呆れ顔でため息をついた。
「なんでお前が俺のこと見てるからってタヌキ寝入りを続けると思う?普通、こいつきも―い、近寄りたくなーい、とか思うだろうが」

「え、えーと・・・?どうゆうこと?」
うん、どうやら私はにぶいようようです。頭が混乱して、わからないのです。

「だーかーらー、お前が俺が寝てると喜ぶから、だーかーらー」
「え、えーと・・・わかりかけてきたようなわからないような・・・」
「だーかーらー!お前の嬉しそうな顔が見たいから俺は・・・わかんねーの!?」
「う、うん、ごめん・・・・」

半分だけ開いた窓から、その時、生暖かい風が吹き込んできて、何枚かの桜の花びらを運んできた。
ヒラヒラと、桃色の花びらが私と三上くんの間を舞う。

その桃色の花びらと同じような桃色に顔を染めんがら、三上くんが思い切ったように、言った。

 

「好きだ、っていってんだよ!」

 

 

お わ り