文化祭だよ,三上くん! Vol. 01-04

 

 

「あーっちゃん」

「…お、オワッ!」

突然背後からドン、と力任せに背中を叩かれて三上は危うく手にしていた携帯を取り落としそうになった。携帯の存在を確かめるように手の中でぎゅっと握り直すと、三上はチッと舌打ちした。

「…てンめェ!突然なにすんだよ…!」

キッと振り返ったら、近藤がはははと呑気に笑いながら自分を見下ろしていた。

「そんな怒るなよ、ただのスキンシップじゃねえか。愛を深めようぜ」
「他を当ってくれ」
「わ、ひどい三上くん。…あーそっか、ちゃんとしたいよな」
「…はあ?」
ニヤニヤ笑う近藤の視線の先を無言でたどってみたら、自分の携帯のディスプレイにたどり着いて思わずギクリとした。慌ててカチリと音をたてて携帯を閉じる。
「遅いよ、あっちゃん」
「…うるせえ。そして普通に呼べ」
「観察日記書こうかな。あっちゃんが何回、ちゃんの写メ見るか」
違う声が近藤の背後から聞こえて、三上は眉をひそめる。それと同時に近藤の背中からひょいと顔が覗いて、三上は思わず肩を落とした。
「…!中西!なんなんだよ、てめえらヒマ人!?」
「いや忙しいけど」
「じゃあこんなとこで油うってんなよ!」
「忙しいんだよ、あっちゃんからかうことで」
「…!そういうの暇人っつうんだよ!…つーかあっちゃんって呼ぶなっつてんだろ!」
「…あ、自分であっちゃんって言って恥かしがってるよこの人、中西くん」

「……!う っせ −!帰る!俺は帰る!てめえらなんかに付き合ってらんねえ!」

「いや、ここ君の部屋だけど」
ドサッ、とその他人の部屋の他人のベッドに我が物顔で腰をかけながら近藤が言った。
「…テメェ…いっぺん殺してやろうか」
「そういえば三上のクラス、学園祭何やんの?」
話をまったく聞いていないらしい中西が、床にしゃがみ込みながら思い出したように言った。三上ははあ、とため息をついて、椅子から立ちあがった。
「あー、休憩室だったかな」
「なんだよやる気ねえなー」
いまや大の字になって他人のベッドに寝転んでいる近藤が口をはさむ。お前に言われたくねえよ、三上は心の中で思いながら、その向かいの、同室の友人のベッドの上に腰をかけた。
「あれ、近藤んとこ何やんだっけ?」
中西が投げ出した足を組みなおしてあぐらをかく。
「オバケ屋敷。お前んとこはなんだっけ、輪投げ?」
「うん。……つーかあれだよな、なんで女子と合同じゃないわけ!?同じ日にやるのにバラバラなんて意味わかんねーよ。ぜんぜん共学じゃねーじゃん」
「だよなー…あ、ちゃんくんの?」
「…こねーよ。同じ日あっちも文化祭だって」
「うわ、ついてねー。あっちゃん振られたのか」
近藤が笑いながら枕をバンバンと叩いた。
「ちっげーよバカ!」
「ハイハイ。そういやうちの部なにやんだっけ?」
「あれだろ、おにぎり…サッカーボールおにぎり…」
「意味わかんねえよ!あんのバカ代の意見に全員動かされやがって!売れるかっつーの!」
「…だよな…俺だったらいらねえ…つーか、誰がにぎるんだ…?」
「1年にやらせりゃいーだろ。俺はぜってーやらねえ」
「だな」
中西が頷いて、そしてドアの上に掛かっている時計に目をやった。
「…夕飯行く?」
「おう」
時計は5時半、夕食の始まる時間をさしていた。
「渋沢は?」
近藤がさっきから見当たらないこの部屋のもう一人の主のことをやっと思い出したように尋ねた。
「あー、なんか委員会だって」
「大変だなー、あいつも。せっかく今日部活ねえのに」
「まあ、性分なんじゃねーの」
頭の半分はもう夕飯の事だらけで、三上はうわのそらで答えた。

 

「おばちゃん、肉多くしてね」
中西が食堂のおばちゃんにおかずの増量をねだっているのを横目でみながら、三上は近藤の横に腰をおろした。
「…っと、箸もってきてねえ」
せっかく座りかけたのも束の間、三上は慌しくせっかく落ち着けた腰を浮かした。
「あ、お茶持ってきて」
「俺はしょうゆ」
立ち上がった三上にすでにご飯を食べ始めていた近藤と根岸が、まってました!とばかりに注文する。
「近藤、お前はいつからしょうゆになったんだ」
「たった今だ。おしかったな」
「そーかよ」
…嫌味も通じねえ。っていうかなんで俺、よりにもよって一番重要な箸をもってきてねーんだよ。
三上は悔し紛れにちっと舌打ちすると、皆様のご注文をさばくべく気乗りしないままにセルフサービスのコーナーに向かう。

「…お、渋沢。今帰り?」
根岸のお茶と、近藤のしょうゆと、自分の箸を抱えて席に戻りかけたとき、ちょうど食堂に入ってきた渋沢とかち合った。
「ああ、会議が長引いてな」
「お疲れさん。あっちに皆いるぜ」
すぐ行く。という渋沢の返答を背中で聞きながら、三上は自分を待っている生姜焼きちゃんにむかってスタスタと戻っていった。

「渋沢来たぜ」
「サンキュー、おう。見えた」
「悪いな」
「…悪いと思ってるなら頼まないでくださいよばーか」
いただきます、と手を合わせて三上は生姜焼きをすごい勢いで口の中に詰め込んだ。それを見ていた近藤が、あきれた顔をする。
「三上…うえてんな…」
「うっふぇぇぇ!」
「…なんだって?」
「おごってくれるってさ」
「まじ!?ラッキー」
「…ぶッ!んなこといってねえ…!」
「うわー!三上くんえんがちょー!ふくなよ!」
「誰のせいだよ誰の!ちょ、おい、中西!どさくさに紛れて人の肉食ってんじゃねえよ…!どこまで食い意地はってんだよッ!」
「まあまあ。中西は力つけなきゃだから」
「はあ!?俺はいいのかよ?」
「お前はいい…あ、渋沢おつかれー」
根岸の声に迎えられて、渋沢が三上の隣に椅子を引いて座った。
「渋沢なにやってたの?」
近藤がお茶をずずずとすする。
「ああ、学園祭のことについて話あってた」
「あ、そういえばさ、学園祭といやうちの部どうすんの?」
根岸が最後の肉を未練がましくお皿の上でつっつきながら言った。中西と三上と近藤は、さっきの話もあってブッ!と三人仲良く勢いよくふき出してしまった。
「きったねえ!何おまえら!?」
「…や、ごめ、なんでも…気にしないでくれたまえ」
「…いや、気にするよ…お前の頭が大丈夫かと…」
本気で眉をひそめる根岸をよそに、渋沢がなにやら改まった仕草で箸をおいた。渋沢のこういう、何気ない仕草には人を黙らす力がある。ついこの間のサッカー部の役職引継ぎで、まるで当然のごとく新キャプテンとなった渋沢である。仕草ひとつにも天性のものがある。
「そう、その話なんだが。…三上、お前うちの部の出店の責任者になってくれないか?」

「え、あ、おう………ぶっ!は…?な、なんておっしゃいました……!?」

きったねえ!と叫ぶ中西をシカトして、三上は渋沢に向きなおった。
「…だから、おにぎり屋の責任者を…」
「だー!わかったよ、そういう事聞いてんじゃくて何で…オレッ!?」
思わず、勢い余って、困った表情で見つめ返す渋沢をキッと睨んだ。
この際クラスの出し物の責任者でもなんでもやってやってもいいとは思うが、…でも、うちの部の責任者だけは嫌だ。そんな部をまとめている渋沢には悪いと思うが、でも、なんと言われようと…嫌なものは嫌なのだ。
「色々考えて、三上が適役と思ったんだが…」
「はあ!?だからなんでだよっ!?」

「まず、三上のクラス…というかうちのクラスは、休憩場だからやる事はほとんどないだろ?…それから、三上ならうまく皆をまとめられるだろうと思ったんだが。…以外に人望があるから」
以外に、ってなんだ以外にって。一言余計じゃないか、以外にって…。
って、そういうことじゃなくて!
思わず関係ないことに頭を悩ませそうになって、三上は慌ててテーブルを囲んでいる一同を見渡した。
「そしたら近藤だっていいじゃねえか、なあ、お前人望あるだろ」
「や、ほら俺、オバケ屋敷でオバケ役やるからさ」
「…じゃ、中西」
「俺、輪投げしなくちゃだから…」
「や、むしろすんなよ!客にやらせろよ…!」
「…ほら俺、人望ないから」
「ああ、そうか…」
「おいっ!納得するの!?そこ納得するところなの!?」
根岸が思わず身を乗り出した中西の肩を、ポンポンと無言でたたいた。
「え、何それ、フォローなし…!?」
「ということで、三上、どう考えてもお前が適役だ」
中西を軽くシカトして、根岸が言い切った。
「ちょ、ちょっとまて、お前はどうなんだよ根岸、お前は」
「いいか、三上、お前は10番だ。司令塔だぜ。新しいチームを新人戦に向けて一致団結させるためには、お前の力が必要なんだ。わかるだろう、三上、これは新生武蔵森サッカー部が団結するための一種の通過点なんだ」
「…そんなもっともらしいこと言われたって、俺は騙されねえぞ」
ふん!と三上は鼻を鳴らした。
「三上、頼む」
しばらく静観していた渋沢が突然、手を合わせて懇願するように言った。それを見て、三上はぎょっとする。
「ちょ、まてって、そんなことされたって…!」
「三上、渋沢の頼みだぞ。やってやれよ」
「…近藤、お前いっぺん殺してやろうか」
「そうだ、三上、お前しかいないんだってさ」
「お前他人事だと思って楽しんでるだろ、なあ、中西…覚えてろよ」
「オトコだろ、三上」
「うっせえ、つーかうぜえよネギ…だーーーーーーッ!わかったよ、やればいいんだろ、やれば!」
なんだかんだいっても、押しには弱い男・三上である。
その辺りをチームメイトははっきりと理解していて、団結力の強さをうかがわせる…こともなきにしもあらず。
「…良かった。悪いな、俺も手が空いたらできるだけ手伝うよ」
「ああ!つーかお前ら!力ずくでもてつだわせるからな!…プリンいただき」
「あ、ちょ、うそッ…!?」
「このくらい報われてもいいと思うだろ、中西くん」

かくして、武蔵森サッカー部によるおにぎり屋さんプロジェクト@文化祭は、幕を切って落とされたのである。

『松葉寮緊急会議。議題、学園祭の出店について』

と走り書きされた黒板の前で、三上は食堂全体に聞こえるように意識して大声で言った。

「つーわけで、俺が責任者になったわけだからお前ら俺の言うこと聞くようにー」

夕飯が終わってから、自習時間が始まるまでの1時間ちょっと。三上が責任者に決まって(もとい、押し付けられて)からすぐのこと。あっぱれ、というしかない素早さで、渋沢が松葉寮全体に集合をかけた。全員が集まれる広さの部屋は、この寮には食堂くらいしかない。

ゆえに、場所は変わらず食堂である。ただ、必要以上にごった返している。

「…なんだかんだ言ってたわりに三上嬉しそうだな」
「まあ普段偉そうにしてるわりに実際偉そうにできる機会がなかったからな」
「ああ、なるほど」

「…おい、てめぇらコソコソ話してんの、それとも喧嘩うってんの?」

立ち上がって、食堂にいるほぼ全員の視線を受けたまま、三上が近くに座っている中西と根岸を軽く睨んだ。

「その中間かな」
「覚えとけ。後で買ってやるよ」
「そりゃご丁寧にどうも」
言い返そうと口を開きかけて、けれど渋沢のゴホンというわざとらしい咳払いが背後で聞こえて、仕方なく三上はまた食堂に視線をうつした。

「あー、えっとー、とりあえずここまでで何か質問あるやつー?」
「はいっ!」
「はい、…って、なんだよ藤代かよ。却下。はい次!」
「え、うそ、先輩ひどいっす!差別反対!」
「うっせえ!叫ぶな!てめえは俺の経験上、口開けばろくなこと言わねえから黙ってろ。っていうかむしろ黙っててクダサイ」
「そんなお願いは聞けません!」
「うわ、なんか力いっぱい否定されたよ…どうするよ中西こいつ」
「や、なんで俺に振るの。意味わかんないから」
「だってキミ、副責任者だから」
「…はッ!?一体いつから!?」
「ははは。たった今。みなさーーーん!中西くんが副責任者をやってくれるそうでーす!はい、手叩いて!はい、パチパチパチパチ!」
わけもわからず拍手で溢れかえる食堂の中心で、中西が叫ぶ。
「え、ちょっとま、うそーーーーーーーっ!」
「だから覚えてろ、って言ったじゃねえか」
「え、だってあれはプリン…」
「俺は執念深いんだよ」
「わ、今ウインクした!執念深いんだよ、ってウインクした!何こいつ!…キモッ!」
「うん、今のはキモかった」
「キモイぞ三上」
「…あーもう!うっせえないちいち!ちょっとしたお茶目心だろ、笑って流せよ」
「いや、ひくから。普通に。タレ目でウインクって」

エロ目に言われたくねえ!叫ぼうとして、けれど斜め前方からそれを遮る声がして寸前のところで止められてしまう。

「あの、先輩」

思わず勢い余ってパクパクと金魚の口になりながら、三上はどもって答える。
「お、あ、はい、笠井」
「あの、ちょっと疑問だったんですけど、なんで学園祭ごときにそんなはりきってるんですか…?」
「うわー、ごときって言われちゃったよ。言い切られちゃったよ。どうする根岸」
「…お前、俺になんか振ろうとしてるだろ。その手には乗らねえよ、どっかのアホとはちがって」
根岸の勝ち誇った顔に、三上はチッと舌打ちをした。
「…しょうがねえ、説明してやれ、どっかのアホ」
「…どっかのアホさーん」
「てめえだよ!」
突っ込むと同時にドンと力の限り中西の背中を叩いたら、中西がうえっとうなった。
「…俺かよ!」
「他に誰もいねえだろ」
「ああそうですよ、俺はどうせアホですよ!……ああ、はいはい、えっとね、学園祭で躍起になるのはですね、毎年出し物には投票で順位がつけられるわけ。それがクラス部門と部活部門とパフォーマンス部門にわかれてて、それぞれの部門の優勝賞品は知ってると思うけどエンピツ一年分とかはっきしいってどうでもいいもんなんだけど、実はもう一つ陰の部門があるんだよ、それが寮部門で、違うんだよこれの賞品が。なんだと思う?今使えていて、それでいて他の奴等は使えないやつ。…そう!銭湯の1年間無料使用権だ!」

松葉寮にももちろん、風呂場に浴槽はある。ただ、掃除に面倒だという理由から、最近ではめっきり使わなくなってしまっていた。それなので、松葉寮の住人達はお風呂につかりたくなると裏門を出てすぐのところにある銭湯に、度々お世話になっていたのだ。つまるところは他の寮の人間も同じなようで、この銭湯の1年間無料使用権をめぐる学園祭の寮部門は、毎年白熱した戦いになる。

「そう、で、俺らは去年、めでたく優勝をもぎとったわけだ。…そして俺がアタマになった以上、今年もだ!」

 

 

 

* * *

日記にてつづきますよ)

も ど る