「よう」

「ぃたッ」

観測史上最高の猛暑、そういう見出しが朝刊の一面に踊る、そんな日だった。凶暴な暑さに半分ノックダウンされながら、コンビニに向かっていた私の後頭部が、不意に何者からかこづかれたのは。

時刻は12時ちょっとすぎ。きっかし90度上方に、太陽が憎らしいほど元気に輝いている。

 

 
     20040726

 

振り返るのが一瞬遅れたのは、その頭のこづき加減と声で、背後に誰がいるのかわかってしまったから。クラスメイトの男の子と、学校以外で会った時にはどう振舞えばいいのだろう、と一瞬戸惑ったから。

「ぎゃっ!三上くん…!」

「…元気だな、お前」

っていうかぎゃ、ってなんだよぎゃ、ってよ。そこに立っていた三上くんが呆れた表情で、そう呟いた。
…久しぶりに会ったのに、そんなあしらい方はなくないですか。元気だな、って。元気だな、ってさ…!元気じゃないよ…!暑いよ…!なんていう文句を心の中で思ってみたのは、ちょっと動顛していたから。だって、普通こうゆう出会いっていうのは、もっとこう、うそでも驚いたふりして、「おう!ひさしぶりじゃん?元気?」「げんきげんき!」…ていうかんじに話が進むものじゃないんですか?肩透かしを食らった気分で、私は地面に転がっていた石を蹴った。

それを三上くんたら、まったくいつもどおりで、よう、ってさ。夏休みという特別なシチュエーションを、まったく意識してないようなのだから困りようだ。でも、お決まりの妙なぎくしゃくさがそこにはなくて、私は少しほっとする。

止まっていた私をすっと追い越して歩き始めた同級生の背中を、私は恨めしげに睨んだ。真っ黒な髪が、熱風にふかれてそよいでいる。黒くて暑そうなのに、どこか爽やかな雰囲気なのがなんだか悔しい。どこに行くの、と念のため問い掛けたら、コンビニ、という短い答えが返ってきた。行き先は同じだ。仕方ない、私は三上くんに追いついて並んで歩き始めた。

「夏休みはいかがおすごしですか」
「ぶかつー」
「ははあ。それは結構なことで」
は?」
「…へ!わたし?わ、わたしはクーラーさんとの仲を日々深めております」
「要するにダラダラしてるんだろ」
「や、別にいいですけど。そんなにはっきりいってくれなくても」
「つーかさ、」
「はい?」
「…なんでですます口調?」

「…はは」

だって、恥かしいじゃないですか。こんな道端で、まったく久しぶりに、同級生に会ってしまうなんて。やあ!元気かい!僕も元気だよ!なんて弾んだ会話、私にはできやしませんよ。というか、あなたが多分しませんよね。なんてことを口には出さずに思ってみる。つっこまれたらどうしよう、と内心オロオロしつつ笑ってごまかしたら、三上くんはさらりと話題を転換してくれた。

「っつーかあっちー」
「三上くん暑いの苦手そうだよね」
「おー、最悪…このあっつい中部活とかまじで地獄」
「やっぱし。気短いもんね」
「…や、関係ねぇしそれ。しかもそれ何気に失礼だし」
「うっそ」
「あほ、オレサマほど心が広い人間はそういねえよ」
「へえ…!じゃあ三上さま、アイス奢って…!」
「やだ」
「即答ですか…!」

角を曲がるとコンビニはすぐそこで、自然に私の足も早足になる。三上くんの後に続いて自動ドアをくぐると、ふわっと涼しい風が舞い降りてきて私はこの上なく幸せな気分になる。

「顔がアホ面になってんぞ」

三上くんがそう言い捨てて、そのまま飲み物の方へ向かって行った。
私は軽いダメージを受けながら、それでもなんともないふりをしてお目当ての雑誌を手に取った。

それからコンビニの中を一周して、カゴに目に付いたものを放り込んで、よし、このくらいだろ、と思って周りを見渡したら、アイスのところにいる三上くんを発見した。なにやら真剣な顔でアイスを覗き込んでいる三上くんを暫らくみていたら可笑しくなって、独りでぷぷと笑ってしまった。笑いながら私はよっていって、三上くんの横からアイスを覗き込んだ。

「買ってやろっか」
相変わらず真剣な顔でアイスを睨みながら、三上くんが言った。
「へ…!」
私が咄嗟に出た自分の変な声に驚いていると、三上くんが顔を上げた。そして、にやり、と笑った。
「…渋沢のお金で」
私は一瞬目を丸くして、でもすぐにつられて笑った。
「ひひひ、お主も悪よのう」
「いえいえ、さんには負けますよ」
「いえいえ、そんなそんな、とんでもないです」

ぱしられたんだ、このぐらいいいだろ、言い訳のように三上くんはそう断って、ガリガリちゃんを奥の方から取り出した。
「私はぱしられてないけどいいのかしら…?悪いよね、なんか」
ふと渋沢くんの顔が頭にうかんで、私は一応躊躇してみる。勿論、本気で悪いなどとは思っていないのだけれど。
「いいんじゃね?」
「…そんな、いい加減な」
「じゃ、いらねーの?」
「うそ、いる…!」
私を置いてレジに向かおうとする三上くんの手に、私は慌ててガリガリちゃんをすべり込ませた。

 

 

「証拠隠滅〜」
二人、会計を終えてコンビニ出るとすぐに、三上くんはガリガリちゃんを取り出して乱暴にその袋を開けた。まさにこれぞソーダ味、というかんじの青いアイスがひどく美味しそうに見えて、私もつられて自分のガリガリちゃんを取り出した。

それにしても暑い。コンビニで冷えた体も1分ともたず、汗がじんわりと背中をつたう。

だけどこれほど、アイスがおいしいと感じる条件もない気がする。アイスを口に入れるたび、その冷たさがこれまたじんわりと体を伝っていくかんじがして、私はひとり幸せを感じていた。

「あ、あそこ座ろうぜ」

小さな公園を通り過ぎようとしたとき、三上くんが不意に言った。座ろうぜ、と明らかに私を誘っているのに、三上くんは私の意志などまるで気にもせずにそう言ったままずんずんと公園に入っていってしまった。私は、はあ、とわざとため息をついて、それでも素直に三上くんの後を追った。

「お前さ、ほんとに学校の近くなんだな、家」
半分だけ日陰になったベンチの、もちろん日陰の方に座って三上くんが言った。
私は、仕方なく日差しがこれでもか!と当って熱くなっている日なたの方に、腰をおろした。
「うん、そうなのよ」
三上くんの問いかけに半分上の空で答えながら、私はもうすでに溶けはじめたアイスをたらさまい、と必死で舐めまわした。けれど何か視線をかんじて、私はすぐに顔をあげた。三上くんと目があったのも一瞬、すぐに反らされて私は首をかしげる。その時溶けたアイスが手を伝って流れおちる感触がして、私は咄嗟に視線をそちらの方に移した。それにあわせるように、三上くんが言い難そうに口を開いた。

「…、暑いの好きなのか?」
「んなわけない。…なんで?」
「や、じゃ、なんでそんな日なたすわってんだよ?もっとこっち来いよ」
そう言ってからすぐに、こっち来いって言うか、日陰に入れよ。と小さく三上くんが言い直した。

私は一瞬、きょとんとしてしまった。三上くんがそんなことを言うなんてことを、全然予想していなかったから。なんだ…、別に何も考えずに、自己中なだけで、日陰をとったわけでもないんだ。自分の思い違いに少しだけ恥かしい思いをしながら、私はズルズルとベンチの上を移動して三上くんに近寄った。そうだ、この人は時々みょうに優しい、というか気が回るのだ。1学期の出来事を頭の中で思い返して、私は今更のように納得した。

「…いつまで寮にいるの?」
「んー、わかんねえけど、ほとんど部活あるからほとんどずっといるはず」
「わ、夏休みどころじゃないんだねえ」
「おう、お前と違ってな」
「…嫌味ですか。性格わるーい」
「ばーか、オレほど性格いいやつはそういねえよ」
「あんたが性格よかったら私は女神様だよ」
「へー」
「わ、なんかむかつく」

夏休み中、もしかしたら毎日でもコンビニにでかけてしまいそうな自分がどこかにいるのを感じながら、私は最後のアイスを口に含んだ。ベトベトになってしまった手を舐めるべきか舐めないべきか、申し訳程度に悩んでからぺロリとなめた。アイスの甘さが変にしょっぱくなった味がした。

「うわ、汚ねえ」
三上くんがすごく嫌そうな顔をした。それにしては声の調子が、全然いやそうなかんじじゃないのが変に可笑しい。
「いいんだよ、夏だから」
私は答えた。無駄に自信満々なかんじで。
「意味わかんねえ…。夏って単語言うな、なんかそれだけですっげえあっつ」
「…んな殺生な。それよりも、このセミの音のが断然あっついと思うんだけど」
「いうなバカ、あえて黙殺してたのに」

なんといっても公園は木が多い。木のあるところには、セミが集まる。頭が割れるほどの音とは、こういう音をいうのだと思う。そしてセミの大合奏ほど、暑さを助長させるものはないのだ。セミの音、湿気、直射日光。三拍子そろった暑さの中で二人はベンチの上、小さな木の作る日陰に必死にしがみついているのだ。抜け出そうと思えば、涼しいところへ行こうとすれば、いけないわけでもないのに。なのになぜこうやって外に居続けているのかも、今となってはよくわからない。

不意に、三上くんが妙に間の抜けた声で言った。

「…つーかさ、なんでこんな1日で一番暑い時間にわざわざ買い物に来てんだ、俺ら?…あほだろ」

時刻は12時ちょっとすぎ。きっかし90度上方に、太陽が憎らしいほど元気に輝いている。

私は三上くんの言葉に、その情けない表情に、弾けるように笑った。アイスでベトベトの手を握り締めたそのままで。多分、人間はアホだから味があるのだ、と他人事のように思いながら。

 

気付けば、夏はそんな私を、三上くんを、小さな木の日陰の下で静かに抱擁していた。

 

 

お わ り