藤代と三上と犬と




 多分、男の料理ってこういうのを言うんだな。
 昨日作りすぎた肉じゃがに、適当に水を増やしてカレールーを投げ入れる。肉じゃがカレーってやつだ。
 今日は午後の練習もあってさっき帰ってきたばかりだから、手抜き料理はしょうがないってことで。
 誰に言うでもなく言い訳をつぶやいて、煮立った鍋を大雑把にかき混ぜる。
 カレーの匂いが良い具合に漂い始めたころ、リビングで流しっぱなしのテレビから、午後七時を伝える時報が聞こえた。それとほぼ同時に、ダイニングテーブルの上に放って置いた携帯電話が小さく鳴った。

『今から帰る』
 キッチンから数歩下がり、ちょっと身体を捻って携帯の画面をのぞき込む。そこに表示されたそっけない5文字に、反射的に返信ボタンを押す。そのまま後ろ手に伸ばした反対側の手で、コンロの火を止めた。
「今日はカレー」
 言葉にしたままの文面を作って、送信ボタンを押す。
 カレーはちょうど良い具合、このままおいて置いても大丈夫そうだ。
 家から駅までは徒歩十五分、でもシロの散歩コースは迂回をするから、今から出るとちょうど良い時間に駅に着く。
 テレビを消して、携帯電話をジーンズの後ろにねじ込む。この時期は、着の身着のままで外に出てもちょうど良い気候だから、良い季節だ。
 玄関に無造作に履き捨てられていたサンダルをつっかけて、外に出た。ちょっと前まではこの時間でも明るかったのに、もうすっかり真っ暗だ。
「シロー、散歩行くぞ」
 玄関脇に呼びかけると、待ってましたとばかりに、柴犬のシロが小屋から走り出てきた。どっちも準備万端だ。

 電車を降りると、急行が止まらない駅特有ののんびりとした空気の中を、少しだけ掻き乱しながら足早に改札に向かう。
 改札を出たところからまっすぐに続く商店街を横目に、慣れた仕草で右手に逸れた。
 行く手の先、探していたその姿を見つけて、思わずふっと頬が緩む。柴犬が、しゃがみこんだ飼い主にめちゃくちゃに撫でられて、ひどく迷惑そうに体を縮込めている。なんとなく抜き足差し足で近づいて、そっと上から覗き込んだ。
「お前ら、いつも楽しそうでいいな」
「あ、先輩お帰りー」
 けれど見上げてきた顔に、驚いた色など全くなくて、なんとなくチッと思う。
「ただいま」
 立ち上がった藤代から、自然な動作でシロのリードを渡されて、素直にそれを受け取った。シロが張り切って歩き出す。藤代がリードを引くと従順なのに、俺だと少し偉そうになる気がする。なんだこれ、舐められてんのか。おい、シロ。だけど結局引っ張られるままにまかせて、だらだらと歩き出す。
「お疲れー」
「今日練習ないし、そんな疲れてねえな。藤代こそ、今日2部練じゃなかった?」
「うん、あ、今週末、仙台行くよ。て言ってたっけ?」
「聞いてないけど、知ってる。新聞に書いてあるし」
「先輩、俺のファンだからね」
「死ね、お前が予定言わねえからだろ」
「えー照れちゃって!」
「3回死ね」
「ひどっ」
 角を曲がったところにある酒屋の前で、シロが立ち止まる。いつもここの自動販売機でビールを買うというのを、賢いこの犬は覚えているのだ。俺の事舐めてるけど。俺はポケットに入っていた小銭を、数枚自動販売機に押し込んだ。ボタンを押し込むと同時に勢い良く落ちてきたビールを、藤代に放り投げる。
「うわっ、ちょっと、これ炭酸!」
「カンパーイ!」
 藤代の文句を無視してプルタブを空けると、しゅわっと爽快な音が響く。
「乾杯、あー、もうそろそろこうやってビール飲むの限界になってくるよ、寒くて」
「夏は暑いけど、ビールは美味いから反則だよなー」
「ほんと、昔は夏は暑いだけでまじいい事ない!って思ってたけど、俺たち大人になったんだね」
「お前に限っては怪しいけどな」
「はあ?何それ!三上先輩だって、3回死ねとか中学生から何も変わんないんですけど」
「5回死ね」
「うわーレベルアップしてる!ダメな方向に!」
「あー腹減った」
「カレーがあるよ」
「楽しみー早く帰ろ」
 まるで急かすように、シロが走り出す。駅から15分の道のりを、今日の出来事をだらだらと話ながら、家路に着く。
 向かう先の空には、いつも金星が輝いている。
 


Fin.

 


(2014.10.13)
2014.10.12 スパークにて無料配布したものを再録。