なにいってんの?お前なんかに、あの人を重ねられるわけがないよ。 

 

そう言って可笑しそうに笑った藤代の顔を、今でも同じように憎んでいる。

 

憎んでいる、なのに。

 

 

 

ハンデ
40 君にだけは渡したくなかっただけ

 

 

 

耳元で聞こえる、規則正しい呼吸の音は藤代のものだった。けれどその冷静さと相反するような、身体にまとわりつく熱い空気が考えようとする頭をぼんやりとさせる。
「ねえ、本当にいいの?」
耳の奥に落とされた言葉が、身体のずっと内側を熱くする。
その熱をごまかすために、真田は小さく身じろぎした。その向こうで、乱暴に引かれたカーテンの隙間から伸びた日中の日差しが、シーツの乱れたベッドに濃艶をつくっている。



『―――もう、来んな』

自分以外誰もいない家の中に鳴り響くチャイムの音。扉を開かずとも、それが誰であるかは知っていた。連打3回。合意のルールというよりも、それは来意を告げる一方的な知らせでしかなかった。玄関の扉を開けたその手で、まるで当然のように入ってこようとする彼の肩を押し返し、そう決別の言葉を告げたはずだった。

なのに。

「ねえ、本当にいいの?――――もう来なくて?」
真田の細い首筋をゆるゆると撫でていたその手が、言葉と同時にガッと乱暴にシャツの胸元をわった。途端弾けとんだボタンに、まるで楽しいことをみつけた幼い少年のような目をして藤代は笑う。
制服だぞ、と非難の声を出しかけて、けれど無遠慮な人差し指が乳首の先端をころころと腹の下で転がすその感触に、息を呑んだ。本能的に縮めた身体がその手から逃れようとして、
「……っ!」
けれどそれを許さない藤代の指が無造作に胸の中心を摘んでぎゅっとすりつぶす。突然のその痛烈な刺激に真田は苦痛の声を漏らした。押し返そうとするその手を、藤代はまるで蝿を追い払うような仕草で一蹴して、
「一体何が不満なんだよ」
不機嫌そのものの声で、指の先ですりつぶしていた乳首を離すとぴんとはじいた。
「…ぅっ!」
噛み締めた唇の端から声が洩れて、真田は悔しさにシーツを掴んだ両手を握り締めた。日光に照らされて焼かれたその部分の生ぬるい温度が、ひどく不快に感じる。
「俺のこと、好きなんでしょう?」
まるで愛情のカケラもなくただ乱暴に乳首をいじるだけの藤代の指を、心の中で罵って憎悪することでやり過ごす。すでに荒くなっていた吐息を精一杯整えながら、覗き込む藤代を全身全霊で睨み返した。
「…ちが、う」
「うそつき」
間髪いれずに冷たい声が耳元でして、その軽蔑を含んだ声音に背筋がぞくりとした。

「俺があの人を好きなように、真田も俺のことを好きなんでしょう」

藤代の抑揚のない声で刻まれたその言葉が、語尾の部分で微かに震えた。どこか艶かしい空気が、かすかな差異を伝える。疑問形のその言葉はしかし、願望であることを真田は知っている。藤代は盲目的なほどまでにあの人を欲し、それを承知で藤代を渇望するのは―――自分。藤代の愛情が常軌を逸しているというならば、自分のそれはもっと異常なのだろう、と。

 

一瞬、頭に描かれたその構図に淵のない絶望を覚えて、脱力する。藤代の体を押しのけようとして伸ばした手を、真田は力なくベッドに投げ出した。
「真田は抵抗しないからつまんねえよな」
ちぇ、と藤代がつまらなそうに呟く。
真田はそれに、微かな焦燥をかんじて目の前の男を媚びるように見上げた。まるで体に染み付いたようなその反応に、やってしまったその後でどうしようもない嫌悪感が体を突き抜ける。
「縛ったりしたいのに、おまえ暴れないんだもん。燃えない」
失望したような表情で体を起こし、胸元を肌蹴させたままベッドに横たわる真田を、まるで検分でもするかのように見下ろした。
「…なっ、」
乱暴な愛撫で赤く腫れ勃ちあがった乳首が藤代の冷たい視線に晒される恥ずかしさに、真田は咄嗟に手で隠そうとした。
けれど、それを許さない藤代の視線に動かそうとした腕が凍りつく。

「…わかった、俺が縛ればいいんじゃん」

しばらくの沈黙の後、まるで名案とばかりに藤代が手を叩いたその音に、真田は条件反射で体をふるわせた。
「……は、い?」

そうだそうだ、とまるで新しい遊びを見つけでもしかたのように、彼は喜んで手を叩いた。
こういうとき藤代は、真田などまるでそこにいないかのように振舞う。ふるまう、というよりむしろ、本当に目に入っていないといった方が正しいのかもしれない。彼は、彼と肩を並べるべきその人以外には、決して目をくれようとはしない。まるで視界に入れるそれだけのことでも、無価値で損なことであるとでも言うように。

 

不意に藤代は自分のネクタイに手をかけると、シュッという摩擦音を響かせて一気に引き抜いた。
「ん」
何の説明もなしに差し出されたそのネクタイを、真田は促されるままに手にとった。体温が微かに残るそれを掌の肌に感じて、その感触に冷めかけていた熱が再びじわじわと集まってくるのを自覚した。
「縛って」
何時の間にかうしろをむいていた藤代が、両腕をうしろに回してそろえた手首を真田の方へずいと差し出した。
真田は眉をひそめて、藤代の体温が残るネクタイと、差し出された腕を交互に見た。
「…なにいって」
「はーやーく!縛って!」
言い出したら聞かない、代表のような男だ。真田はバレないように小さくため息をつくと、手の中のネクタイを藤代の手首に巻きつけた。
「なんなんだよ、一体」
この際とばかりに、ぎゅっと力いっぱい締め付けてやっても、藤代は悲鳴のひとつすらたてない。それがまた悔しくて、結ぶ手にさらに力をこめた。
「ん〜、たまには真田にもハンデをあげようと思って」

「…ハンデ?」

鸚鵡返しに呟いて、眉をよせた。
ハンデという、その言葉の残酷さに眩暈がする。
――――永遠に埋められない隔たりが、たしかにあるのだとそう、告げられたようで。
それは、その言葉だけは、彼のその口から絶対に聞きたくはない言葉だった。
「…っざけんな!」
瞬間頭に血がのぼって、再び振り返り自分の胸元に顔を埋める藤代の頭を殴りつけようとした。そうして伸ばした手を、けれど間髪いれずに与えられた刺激にたまらず藤代の髪を掻き抱いた。藤代の生暖かい舌が、まるで別人のように優しく先端をなでる。先ほどの嗜虐で敏感になっていたそれに与えられる刺激は、ザラザラとした感触が触れるそれだけのことで、身体の奥の官能を呼び覚ました。ちゅう、と、それがわざとかわざとでないのか、藤代の口が固く立ち上がったそれを音をたてて吸い込み、息をつめたその側で歯をたてた。
「は…ぁ、…ぁ…!」

もどかしい疼きに、抱き込んだ藤代の頭を滅茶苦茶になでまわした。けれど短髪のその髪の毛は、真田がどんなにぐちゃぐちゃにしても、決して乱れることはなく。髪の毛ひとつさえも思い通りにならない悔しさに、真田は小さく嗚咽をもらした。
崩れた体勢を立て直そうとしてよろめいた藤代の身体に、例えば逃げようと思ったならばいとも簡単にげきれるというその事実に、押し倒そうと思ったなら逆に押し倒せるのだというその事実に、気付いて、そして再び絶望に暮れた。

思えば、逃げ道はいつだって用意されていた。けれど自分は、藤代の与えるそれに甘んじている。
これは、傷の舐めあいだ。不毛でしかない、傷の舐めあいだ。藤代はあの人を手に入れられない苦しさに、真田の傷をえぐるように滅茶苦茶に抱く。かつて彼自身がそう断言したように、それはあの人を重ねて愛撫するような、そんな生易しいものではなく。ただやるせない想いを吐き出す、それだけのために。

そして、真田は、……

―――じゃあなんだ、俺は下等生物か

頭に描いた食物連鎖のようなその系図の、一番下に記された自分の名前に、泣きたくなった。
憎むしか、ないのだ。ただそれだけしか、この狂気の連鎖で正常を保っていられる方法はない。ただ、ただ彼と肩を並べたかったのだと、そんな願いはもう空虚でしかない。

 

「…ひっ」

藤代の舌がヘソをべろりとなめて、その不快感に背中が震えた。そうしてその余韻に浸る間もなく、藤代の頭はそろそろと腹の下に潜り、器用なその口でズボンのファスナーを引き開ける。ファスナーの止め具を咥えようとして、つつかれたその軟い刺激にでさえ反応してしまう己に、悔しさで唇を噛み締めた。チャックがおろされる微かな音が耳に届いて、真田は羞恥に顔を染める。胸の愛撫だけで既に張り詰めている己の姿が、布越しであれ藤代の視線に晒されているというその事に酷い目まいがした。無意識に腰がふるえる。
「真田、勃ってる」
何の抑揚もふくまない声で言われ、それに余計熱が高まるのを自覚する。藤代の口がトランクスを咥えて引き下げる気配がして、見えないそれを頭の中で想像したその瞬間、下半身が再び大きく震えた。
空気に晒されたそれに、藤代がつう、と舌を這わせた。
「…くっ、あっ!」
直接与えられた刺激に、真田は押さえられず嬌声をあげた。張り詰め、天井に向かって反り返るそれはもう限界に達していた。身体の内側から生じた熱が、全身を包んで、その苦しさに喘いだ。藤代の口が先端を含んで、すでにだらだらと流れ出ている先走りを、音をたてて吸い込んだ。さらい間髪いれずに舌で先端をくじかれ、その刺激に真田は背を仰け反らせた。性器にかんじる弾け飛びそうなほどの熱に、耐えられなくなって藤代の口内に自ら押し付ける。意識が一点に集中する。対等とかハンデとか、前戯の葛藤を押し流す、それは巨大な奔流だった。ふじしろ、と喘ぎ声の中で叫ぶ。全身が痙攣する。生暖かい舌が射精を促すように割れ目に押し付けられて、そして、――――弾けた。

 

「藤代っ…!」

けれど彼は真田に余韻に浸る間与えてくれるほどに親切ではなく、まるで何もなかったかの如くその奥に舌を這わせた。
「もう少し足広げて」
ぺっ、と真田の腹の上に精液の混ざった唾を吐き出して、要求する。真田はけれど、それに反抗する術や余力などもたなくて、藤代を見上げたままゆるゆると足を広げた。

そうしてその場所に藤代の吐息がかかって、それだけの刺激に真田は開放したはずの熱が再び生まれてくるのを感じた。

「…は、ぁっ」
舌が後孔をなでるそのぞわぞわとした感触に、這わせた手をけれどすがりつけるものなどどこにもなくて、真田は見上げた天井に刻まれた模様を凝視する。皺をなでつけるように執拗に入り口を嘗め回していたそれが、前触れもなく割って入ってきて、その圧迫感に息を呑んだ。けれど強引に押し入ってきたそれがベロリと側面の壁を嘗め回すと、その刺激に強張らせた身体が、がくがくと震えた。
一度萎えたはずの性器が、再び勃ち上がるのを感じて、常のことながら真田は羞恥と悔しさで唇をかんだ。
入り口を舐め回すだけの舌の刺激に、もっと奥の方がうずいて、知らず腰を揺らした。その仕草が淫猥だと、羞恥に打ち震える時間はとうに過ぎてしまった。限界が近かった。見境なく叫んでしまいそうなほどに。
「真田」
まるで藤代のそれではないような、機嫌をとるような甘い声が下からして、真田は思わず目を見開く。しゃがみ込む藤代と、同じ視線でかちあったその向こうで、彼は似合わない媚びるような笑みを浮かべた。
真田はそれに、藤代もまた限界であることを悟る。そうしてそれに常ならぬ満足感をかんじる自分に、自嘲の笑みを浮かべて。
藤代の願うままに、彼の戒めを解き放った。

まるで獰猛な獣のように、彼は自由になった両手で真田の両足を押し広げると、猛った性器を押し付けた。まだ完全に受け入れる準備の出来ていないそこに強引に割って入ってくる、その裂けるような痛みに気が遠くなった。

藤代のその手は、真田に加虐を与えるためにある。
例えば優しくふれる彼の手を、想像することなどできなくて、その事実に朦朧とした。

 

 

―――なにいってんの?お前なんかに、あの人を重ねられるわけがないよ。 

そう言って可笑しそうに笑った藤代の顔を、今でも同じように憎んでいる。

憎んでいる、なのに、

勃起した真田の性器を、力任せに握り締めたその掌が、愛しいと思う。

憎らしいと思えばおもう程、愛しいと思う。

 

 

全てが終わった後で恐らくそんなことを思った自分に後悔するであろうような事を確信して、けれど今はただ、そうすることしかできなくて、目の前の男にしがみついた。そうしその先にある、けれどあるはずのない救いを求めて、ただ、偽りのぬくもりに身をまかせた。

 

 

 

 


Fin.
2005.09.10

 

 

(ブラウザバックでお願いします〜)

攻めが手縛られてたら萌えるんじゃね!?つう話だったんですけどね!…ざ〜せ〜つ〜………
それから多分、三渋←藤←真なんじゃないかな?三上よりも渋の方がいいような気がしたよ。