13-2.六花
ありがとうと呟く
ピーッ、という笛の音が響くと同時に、部員達の動きが止まる。
その日、高等部に練習に行っていた3年生が久しぶりに中等部の練習に参加していた。
「三上、はりきってんのな」
「あー、な、久しぶりに中等部の練習出たからじゃねえの」
視線の先には、休憩、という笛の合図でグラウンドから一斉に退散する部員と、それとは対照的にボールを追いかける動きを止めない三上。たしかに、藤代を相手に一対一でボールを転がす三上は張り切っているようにも見えるし、楽しんでいるようにも見える。
(…しかし、)
渋沢はそれを腕組みしたままみつめながら、通り過ぎていった会話に心の中で反駁した。
それはちがう、はりきってるんじゃなくて……
「三上先輩、荒れてますね」
不意に後ろから声が掛かって、驚いて後ろを振り向くと笠井が憮然とした表情で突っ立っていた。
「そう見えるか」
渋沢は内心驚きつつもわざと惚けてみせてから、グラウンド上の三上に目をうつした。不満気な視線が、傍らの笠井から投げかけられているのに気付きつつも、さらりと受け流す。
「キャプテン、心配じゃないんですか」
珍しく食い下がってくる後輩に、渋沢は苦笑した。少なくとも笠井が心配している意味での心配はしていないな、と思いながら口を開く。
「…今は笠井がキャプテンだろう」
ぐっとつまった笠井に、渋沢は、振り返って微笑んでみせる。
「それに、三上はそんなにヤワじゃない…知ってるだろう」
笠井が傍らで、諦めたように頷いた。それに軽く頷き返してから、渋沢はまた三上に視線を戻した。数日前まで青く腫れていた左頬も、大分目立たなくなった。三上のあの件については、誰にも何も(一部の例外を除いて)言っていない。暴力事件は、スポーツ部においては致命的な欠陥だ。自分があの場に遭遇したのは、不幸中の幸いだった。でも、察しのいい笠井のことだ、何事か気付いているのだろう。自分の後を継いで、新キャプテンとなった笠井に頼もしさを感じながら、渋沢は微笑した。
そしてもう一度心の中で呟く。
しかし、荒れてるのはそのせいじゃない。笠井に言ったとおり、あんな事でぐらつくほど三上は弱くない。
(……それだけだったら、もっと簡単なんだがな)
複雑な気持ちで、渋沢は笠井に気付かれないようにそっとため息をついた。
「おいおい、荒れてんな」
ドン、と中身がこぼれ出そうな程に乱暴に置かれたカレーの乗ったトレーに、根岸がからかうようにそれを置いた本人――三上を見上げた。
「…うっせえ」
三上はそれを跳ねつけるように乱暴に椅子をひくと、ガタリと音を立てて座った。根岸はそんな三上を面白そうに眺めてから、ちゃかした口調で言った。
「なんだよ、お前まだ仲直りしてねえの?」
「……関係ねえだろ」
取り付く島もない三上に、根岸は向かい側に座っていた渋沢と目を合わせると、やれやれという調子で肩をすくめた。そして俄かに真面目な表情になる。
「関係なくねえよ、お前、荒れてるとプレーに出んだよ、……個人技に走りすぎ。ボール持ちすぎ。パス荒らすぎ。…関係ねえか?」
「…、気をつける。それでいいんだろ」
根岸が軽く睨むと、三上は挑むような視線で見返した。
「あのなあ、気をつけて調整できるやつならとっくにやってるっつーの」
「……」
「…んな睨むなって、みんな心配してんだよ、なあ?」
不意にふられて、渋沢は飲みかけていたお茶にむせ返りそうになる。けれどなんとか根岸に同意を示すように頷く。
「…ああ、笠井も心配してたぞ」
追い討ちをかけるような言葉に、カレーを口に運ぼうとしていた三上の手が止まった。その瞬間を見逃さず、渋沢は重ねた。
「なあ、何が問題なんだ」
数秒の沈黙の後、とうとう三上は諦めたようにスプーンを置いた。思わず渋沢はほっとして、つめていた息を吐き出した。
「しょうがねえだろ、あいつがシカトするんだから…どうしようもねーじゃん」
「なんでシカトする必要があるんだよ」
根岸があきれた顔で問い返す。
「しらねえよ、あいつに聞けよ」
そういって、三上は拗ねたようにそっぽを向いた。
「なんで自分できかねえの。誤解かもしれねえじゃん…だいたい先に避けてたのはお前の方だろ」
あの事件があってから1週間、ひたすらあの子、だっけ、をひたすら避けていた三上を思い返しながら、根岸は慎重に言った。渋る渋沢から、強引に一部始終を聞きだした責任みたいなものは、少なからず感じていた。
「……、けど、俺の方が…」
「何?お前の方の気持ちが尊重されるべきだって?……つーかあれだよな、避けたくもなるよ、お前怖いもん」
まあお前の気持ちもわからなくもないけど、根岸が困った様な顔をしてそう続けた。
どうわかるっていうんだ。三上はますますイライラする。他人の気持ちなんてわかるはずがない、だから自分だって今こんな状況なのだ。
「…お前にはわかんねえよ、俺の気持ちなんて」
三上が唸るように呟いて、それに少しだけたじろいだ根岸が、助けを求めるように渋沢を見た。
渋沢は口元だけで笑い返すと、わざと音をたてて湯のみを置いた。
「…じゃあ、相手が三上のこと避けてるなんて、どうしてわかるんだ?」
三上がわずかに反応するのを横目でうかがって、微かな手ごたえをかんじる。もう一押しだ。できるだけ何でもないような口調になるように意識しながら、渋沢は続けた。
「ただ…怖がってるだけかもしれないじゃないか」
三上が、はっとしたように顔をあげた。合った視線で、渋沢はゆっくりと頷いた。
三上は、大きく息を吐いた。瞬間、心の中で終始わだかまっていたへのイライラした気持ちが、突如氷解して崩れ落ちていく、そんな気がした。
(そうだよ、聞かなきゃわかんねえじゃねえか…)
呆然とする。
まるでいくら悩んでもわからなかったなぞなぞの答えが、答えを聞かされてみれば拍子抜けするくらい簡単で、力が抜けてしまうような、そんな感覚に陥る。思わず頭を抱えたその横で、根岸が、からかうように笑った。
「行けよ、お前が目の前でうじうじなめくじみたいに落ち込んでるのはいい加減うぜーから、行って玉砕してこい」
「てめぇ、言いたい放題いいやがって…」
ムッとした表情で、三上が立ち上がった。それから根岸が飲もうと手を出しかけていた牛乳をぱっと奪い取ると、そのままスタスタと根岸の脇を通りすぎた。振り返った根岸に、
「サンキュ」
と牛乳を持ち上げてにやりと笑って見せてから、小走りに食堂の出入り口に向かい、やがてドアの向こうに消えた。
「ヤレヤレ」
手のかかる野郎だ。なんとなく力がぬけて、根岸はだらりと椅子によりかかった。
「…もしこれで、あいつ嫌われてたらどうすんだろ」
「大丈夫だろ、多分」
渋沢の訳知り顔な微笑に、なんとなく安心感を覚えて吐息をついた。
「つーか、あいつ単純すぎるんだよな、それでいて自分が一番だと思ってやがる」
根岸が苦い顔で、ぬるくなってしまったお茶を飲み干す。
「…まあ、そこがいいんだがな」
「まあな」
2人顔を見合わせて、苦笑した。