正月の三が日をはずして出かけた駅の近くの神社は、それでも人ごみでごった返していた。
5.初詣
ばちがあたった
賽銭箱に、5円玉を投げ込む。チャリン、という小さな音を立てて、5円玉は箱の奥へ滑り込んだ。それを確認して、私は柏手をパンパン、と打った。目を閉じて心の奥でゆっくり願い事を呟く。
―――今年はいいことがありますように。
なんとも具体性にかける願い事だ。それでも私は目をあけると、妙にすっきりした気分になって、今度はお守りやらお札やらが売られている、初詣用につくられた臨時の販売所に向かった。
100円玉をお財布から取り出して、巫女さんに渡す。代わりに木製の筒を渡されて、私はそれを思いを込めてガシャガシャと前後左右にふった。えい、っと一声、それを逆さまにする。そうしてでてきた棒の先っぽに小さく書かれた番号を確認すると、巫女さんに筒を返しつつ番号を告げた。
はらり、と手渡されたおみくじ。
1番に目に飛び込んできた太い印字に、私は思わず固まった。さっきまでの清清しい気分がサーッと後方に流れていく。
見間違いではないかと、目を擦る。凝視する。けれど変わらない、その文字。
……………。
呆然と肩を落としかけたその時だった。
「げ」
私の今のこの瞬間の全ての感情を形容するような、そんなうめき声が右手の方から聞こえてきて、私は恐る恐る顔をあげた。
「げ」
体裁を繕うとか、それどころではない。私は心から『げ』と思い、その心のままに顔を歪めた。私の立っている位置から3メートルくらい向こう。薄っぺらいおみくじの紙を風にヒラヒラたなびかせながら、呆然と立ち尽くしているひとは―――三上、だった。
私の声に、三上がこちらを振り向く。そして私の存在に気付くと、もう一度ご丁寧に、「げ」とうめき声をもらした。
「…なにやってんだよ」
三上が苦々しい口調で言った。
「初詣。他になんかあります?」
私も負けないくらい苦々しい顔をする。
「あっそ」
ヒュォーーーー…寒々しい音をたてて、一筋の北風が三上と私の間を吹きぬけていく。
「どうだった?」
は?と三上が視線をあげる。私は無言で、三上の手元で風にはためいているおみくじをアゴで指した。三上はチッと舌打ちひとつ、ひどくバツが悪そうに、おみくじを手の中でぎゅっと握りしめた。
「…お前はどうなんだよ」
「私?私は大吉」
「うそつけ」
三上があきれた顔で笑った。
「…三上が言ったら、いう」
「なんだよそれ。いいから見せろって」
三上が石ころを蹴飛ばして、砂利の上を私の方に近づいてくる。
「ちょ、なにす…!ぎゃー!」
三上が私の腕をぐっ、と掴んだ。
「おまっ、大声だすなよ…!まるで俺が襲ってるみてえじゃん」
私は必死でそこから逃れようとしてジタバタした。
「襲ってんじゃん…!」
「…お前がっ!素直におみくじ見せればいんだよ!」
「だーかーら、三上が見せたらみせるっつってんじゃん!」
「俺だってが見せたら見せるっつーの!」
「そんなの信じれるかー!」
「いいからかせッ!」
ビリッ
「……(ビリ?)」
「……(げ)」
私の腕を掴んだまま硬直する三上を私は不思議におもいながら、自分の右手―――つまりおみくじを持っている方の手―――にゆっくりと視線を落とした。
自分の手にもったおみくじ、三上の手の中にある…はんぶん、こ…
「あああああああああああ!」
思わず状況を忘れて、大声で叫んでしまった。周辺でおだやかに初詣を楽しんでいた人たちの視線が、さっと集まる。私は瞬間、しまった!と心の中ではっとして、我に帰った。そのおかげで、私の頭は少しだけ冷静になる。いくつもの視線を愛想笑いでやりすごした後、私は三上に向き直ってきっと睨んだ。
掴まれていた腕が、ゆっくりと手放される。宙ぶらりんになった腕を、私は腰にあてた。
「最悪」
「わりぃ」
三上が気まずそうに呟いた。
そんな三上の様子に、私は少しだけ拍子抜けする。
だって、三上がそう簡単に謝罪するとは思ってもみなかったのだ。
この間の、もちつきのときは少なくともそうじゃなかった。
私は多少面食らいながら、それでも言葉を続ける。
「まったく、散々な年明けだわ。凶はひくし、おみくじは破られるし、縁起悪いったら」
「わりぃ」
祈るようにに言われて、私は思わず苦笑してしまう。
「…で、なんだったの?」
「…は?」
「おみくじ」
「ああ。あー、大凶」
私は計らずとも、にんまりしてしまう。
「じゃあ、いいや」
「はあ?何がいいんだよ?」
三上があっけにとられた表情で見返す。
「私は凶でしょ、三上は大凶でしょ、私のが上じゃん」
「…そういうのなんていうか知ってるか?」
「なに?」
「どんぐりのせいくらべ」
三上はやれやれ、といった調子で、のろのろと販売所の方に向かって歩き出した。
「帰るの?」
慌てて背中に問い掛ける。
「おみくじ。もう一回ひけよ」
振り返りもせずに帰ってきたぶっきらぼうな返答に、私はひとりで笑ってしまう。
「まって!」
「…あんだよ?」
慌てて追いついて、三上の肩に手をやって無理矢理振り向かせると、三上は面倒くさそうに言った。
「おごってくれるなら、おみくじよりも暖かい飲み物がいいなあ」
「…いつかバチあたるぞ」
三上のあきれた顔にももう慣れてしまって、私はそれを笑ってやりすごした。
凶をひいてしまったというのに、おみくじを破ってしまったというのに、おかしい程心が軽いのは、多分三上とふつうにスムーズな会話ができたからなのだろう。餅つきのときの、二の舞にならなかったからだろう。
それが嬉しい、と思いかけてまてよ、と思う。
なんで三上とふつうに話せることがうれしいんだ?
自動販売機の前で何が飲みたいかと問われ、すかさずおしるこ、と答える。よくあんな甘いもん飲めるな、と苦い顔をされて、その表情に私は何故だかひどく満足感を覚えた。まあいいや、細かい事は。私は無造作に差し出されたおしるこを受け取った。手にふれた暖かさがじわじわと体のいろんなところへ広がっていくのを感じて、それにまぎれて些細な考え事はどこかへ消えてしまった。
それから神社の社務所でセロハンテープをもらって、破れてしまったおみくじを張り合わせた。そして、三上の大凶のおみくじの隣に並べて結ぶ。
―――――どうか、バチがあたったりしませんように。
パンパン、と願いをこめて打った柏手は、境内に響いて、それから静かに消えていった。
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