菜の花  おんなのこ 20040406

 

「ぶん、ぶん、ぶん、ハチがとぶ〜おいけのまわりにおはなが咲いたよぶん、ぶん、ぶん、ハチがとぶ〜♪」

私はこのうえもなく、上機嫌。
片手にもったジョウロを傾けて、おおざっぱに花壇に水をばらまいた。
花壇は、あふれるほどの菜の花でまっ黄色に染まっている。春のやわらかい光と黄色の輝きがまじりあった、心がうきうきしてしまう様なこの光景が私はとても好きだ、と思う。
みんなは、春になると桜だ、桜だ、って騒いで上ばかりみているけれど足元の花だってこんなにきれいなのに。
花見の”花”は、桜だけじゃあなくってよ。

「ねえ?」

ジョウロを置いてしゃがみこんだ。
菜の花と同じ目の高さになると、花の上を飛ぶハチや小さな虫たちが愛しくみえてくるから不思議だ。
世界がまるで、突然平和になったように思えてくるから、これまた不思議だ。

「ぶん、ぶん、ぶん、ハチがとぶ〜おいけのまわりにおはなが咲いたよぶん、ぶん、ぶん、ハチがとぶ〜♪」

その時、後ろの方で砂利を踏む足音がきこえた。
私は少しだけ、ドキリとした。だって、この花壇は日当たり良好だけれど、比較的寂れた場所にあって、生徒もほとんど通らない。だからこそ私は、ばかみたいに上機嫌に歌なんか歌っていられるのであって。

歌、聴かれちゃったかな・・・

気まずい私は、その足音の主がどこかにいってしまうまで、そのままそこにじっとしていよう、とそう思った。

けれど、立ち去る足音はなかなか聞こえてこない。
もしかして、聞き間違いだったかな・・・?それか、もうすでに立ち去っていたりして・・・。
よくあることだ、私はそう素早く結論づけて、いちおう確認のためチラリと後ろを振り返った。

「・・・・・・・れ」

振り返ってみたら、聞き間違いでもなんでもない、意外な至近距離に人がたっていて、私は一瞬心臓が飛び出そうな程びっくりした。だって、しかも、その人は明らかに私を見下ろしていたから。

「・・・・・あのう、なにか・・・・?」

私の呼びかけにその人はぎょっとした顔をした。いえね、ぎょっとしたのはこっちなのですけれど。でも問い掛けてしまった以上、私がぎょっとした顔を今更するのもおかしい気がする。

けれどそれも一瞬で、口を開いたときにはもう、その人は普通の顔になっていた。普通の顔、というか、ちょっと皮肉っぽい笑い顔。

「お前さ、歌詞違う」
「・・・・・・・はい?」
「池の周りに咲いたのはお花じゃなくて野ばらだ、アホ」

こ、こわいです・・・?何を突然言い出すのだ、この人は。

「あっ、野ばらでしたか、ははあ・・・・」
我ながらばか丸出しだ、これでは。
「歌うならちゃんと歌え、気になってしょうがねーんだよ」
「そ、そうですね、本当にすみません・・・」
「それと、おまえ、音痴だな。直せ」
「・・・・・・すみません、本当に」

私は何故だか平謝り。・・・・これからは小声で歌うようにしよう、と心密かに誓う。
それにしたって、少し、理不尽じゃあありませんか?なんだって私は見知らぬ人に怒られているのでしょう!
というかこの人、もしかしてぶんぶんぶん♪おたくか何かですか!へ、へんな人につかまってしまった・・・・ど、どしよ・・・

「よし、歌ってみろ」
「・・・・はい、・・・え?はい・・・!?(ヒー!やっぱりおたく!?)」
「聞くに堪えないから、けどそれをやめろっていうのは横暴だろ?だからせめて聞くに堪えられるようになるまで俺が教えてやるっていってるんだ、ありがたく思え」
「・・・あのう、わたし、(この歌ばかにして)ごめんなさい」
「意味わかんねーよ、歌え、謝るな、歌え!」
「あのう、本当に、ごめんなさい」
「うたえ、っつってんの。人の話きいてんのかよ?」
「ゆ、ゆ、ゆるしておじゃっさい」
「・・・どこの人だよ、変なやつ」

縮こまる私に、その人は、顔をちょっとだけ緩めて笑った。

・・・・・変なやつは、ぶんぶんぶん♪おたくのアナタです。

私の心の声をよそに、その人は転がっていたジョウロを無造作に持ち上げた。

「お前、菜の花すきなのな」

疑問系じゃなくて、密かに断言しているあたりに、私はギクリとした。けれどその人はそんな私なんておかまいなしに、花壇に近づき、ジョウロをかたむけた。

「俺も好きだぜ」

その人は、まるで私がそこにいないかのように、聞く人を想定していないようなトーンで、さらりと言った。
だから私は、返事をできないでいた。
だから私は、その人を、菜の花を穏やかな表情でじっとみつめるその顔を、ただ眺めていた。
さっきまでのちょっと、言ってしまえば性格の悪そうなニヤニヤ笑いと、今の菜の花を一心にみつめるその姿のギャップが、私にはすごくおかしかった。けれど、悪い気持ちは、しなかったのだ、不思議なことに。というかむしろ、ぶんぶんぶん♪おたくもたまにはいいかなあ、なんて不覚にも思ってしまった。

菜の花がすきなんて、ただの変態じゃないんだなあ。

共通点は初対面の相手との壁を低くする、というのは本当かもしれない。昨日真剣によんだ、雑誌の『合コン必勝法☆』と題する記事に書いてあったことをかすかに思い出して、変に感心した。

「蜂、気をつけろよ」
不意にその人が、私に背をむけたまま言った。私は少しあわてて、
「そうですね、蝶のように舞い蜂のように刺す、ていいますしね」
と意味のわからない事をいってしまった。
「おまえ・・・意味わかんねぇ上にアホだな」
振り向いたその人は、半分呆れ顔で笑っていた。
「はい、よく言われます」
はりきって答える私、なんか違う。はりきるところじゃない。
「まあ、鼻の頭とかさされたりしたら、大笑いしてやるけどな」
さっきまでの穏やかな表情とは一転、その人は”普通”の顔にもどっていて、意地悪そうに笑った。

―――――いったい、どこから見られてたのだろう・・・・。

人の気配にも気付かずに、ばかみたいに歌っていた自分にしょんぼりする。

「あー、ごめん、じゃあな。俺、用事あるんだったわ。っつーか歌、練習しとけよ」
「・・・・・え、あ、あのう!」

その人は、唖然とする私をよそに、まるで風のように、あっという間にいなくなってしまった。
後にのこされた私は、今まで短い夢をみていたんじゃあないか、と一瞬疑ってしまったほど。

「・・・・・春だからなあ」
変な人も多いのだろう。

なんて結論ずけて、何事もなかったかのように私は花壇の水やりを再開した。

ただ、何かがさっきまでとは違うきがした。何だろう、何かがひとつ多いような。

「菜の花すきなのな」
「俺もすきだぜ」

試みに、歌を、歌った。今度は周りをきにして、すこし小声で。

「それにしても、あれは誰・・・?」

 

春らんまん、それは三上先輩と私が出会った季節のおはなしです。

 

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