相変わらず、暑い。変わり映えのしない真夏の1日である。けれど、約一週間の休暇の後に再会した同部屋の友人の様子の変わり映えといったら、どうしたことだろう。一週間前に別れた時はどちらかといえば暗かったはずなのに、一転、この明るさ。渋沢は簡単に荷物の整理を終わらして、首をかしげた。
「…何か、あったのか」
とは間違っても聞けない。これでも1年とちょっと、三上とつるんできたのだ。多少扱い方は心得ている。ダイレクトにプライベートな事を聞いたって、素直に答えるようなタイプじゃない。

「…ご機嫌だな」

渋沢の言葉に、鼻歌さえも歌うような陽気さで、実家からもってきた品々を整理していた三上が手をとめた。

「だーれが」
「三上以外に誰かいるか」
「…ご機嫌じゃねえよ、せっかくの貴重な休みももう終りだぜ」

…それにしては顔が、緩んでいる。隠しきれていない感情が、三上の表情に浮かんでいるのを渋沢はみとめて、小さく口の中で笑った。

「…そうだな、…休みは、どうだったんだ?」

もうおおよそ何が起こったか想像はついているものの、手駒は最後まで取っておこう。この会話をせいぜい楽しんでやろう、細部まで聞き出してやろうと、渋沢は心に決めて姿勢を正した。

 

 

夏の宵、空を望んで(一)

20040730

 

 

「どうだった…って、別に普通」
三上はそっけなく答えると、止めていた手をまた動かし始めた。
「親御さんは、元気だったか」
渋沢の言葉に、三上はたまらずブッと噴出して顔を上げた。
「渋沢、お前どこのオヤジだよ、親御さんって…ありえねえくらい元気だったよ」
渋沢はそれは良かった、と言って苦笑した。
「…お前は?」
「ああ、元気だったよ。休み中、特に話題になるような事件もなかったけど」
おう、俺もそんなかんじ。ダンボール箱をガサゴソと探りながら、三上が答える。
「そうか」
「おう」

どうやら、この同部屋の友人は自分から肝心の話題に入っていく気はさらさらないらしい。だからといってここで引き下がってしまえば、多分当分それを聞ける機会はなくなってしまう。自分のこととなると酷くガードが固くなる三上だ。だから、引き下がるわけにはいかない。渋沢は三上には見えないように密かに微笑して、口を開いた。

「携帯のメモリーは増えたんだろうな?」
一応疑問系なものの、口調と響きはほぼ断定に近い。突然の話題の転換に、思い当たる節でもあるのか、三上は一瞬驚いた表情を渋沢にむけた。
「なんだよ、突然」
不機嫌そうに、眉をひそめる。けれどすぐに否定しないところが、もうすでに渋沢にはそれが「YES」という肯定の意味だと解されて、構わず話を続けた。
「そうか、増えたか。良かったな」
立ち上がって、三上の肩をポンポンと叩いてそういってやったら邪険に腕を払われる。
「増えた、って言ってねえだろ」
「増えたんだろう」
「増えてねえ」
「しかも、それは女の子だ」
「増えてねえ、っていってんだろ」
「名前もあててやろうか?」
「当てるも何も、増えてねえんだから」
「幼馴染の…」
渋沢は、一呼吸あけて三上から度々聞かされて自然に覚えてしまったその名前を、次に言おうとした。ところがあえなく、三上の大声に遮られてしまう。
「あー!わかったよ、そうだよ、増えたよ、悪いか」
手に持っていた雑誌の類を床にバン!と放りなげて三上が言った。

「悪くはないさ、よかったな、と思って」
床に目を落としたままの三上を見下ろして、渋沢は笑った。
「…よかったな」
何も答えない三上をしばらく見つめて、もう一度繰り返した。返答を求めていたわけではない、ただ本当に心からそう思ったのだ。小学校以来、くだらないことで仲違いしてしまっていた幼馴染との仲を修復したくて、そのクセできなくて、ずっと悩んでいた三上をずっと見ていたから。だから、この休みが始まる前に、三上が例の幼馴染と仲直りしてみようと思う、もし失敗したらもう忘れる、と言ってきた時にはただ、心配だった。だけど、
「よかったな」
思わず口をついて出てしまったその言葉に、三上がやっと顔をあげた。
「お前…しつこい」
うんざり顔でそういったけれど、照れ隠しだという事は明白だった。渋沢は笑った。三上も仕方なく、苦笑した。

 

 

それから数日後の事だった。藤代が、どこから取ったのか花火大会開催、というチラシを持ってきたのは。
「渋沢せんぱーい!これ行きましょうよ、これ!」
「花火大会か。そういえば今年は花火みてないな」
「でしょう!じゃあ決まり!三上先輩も行きますよね?」
「何が悲しくて野郎どもと花火見にいかなきゃなんねぇんだ。…つーかこれ、試合の前の日だぞ。お前らレギュラーだろ、やめとけよ」
…俺は控えだけど、な。三上は心の中でそう付け加えて自嘲気味に笑った。
「あ、ほんとだ。…でも、行きたいっす!行かないとサッカーできないっすよ、俺!ねえ先輩!」
「…まあ、ちょっとだけなら…」
いつもは体調管理にはひたすら慎重なはずの渋沢の発言に、三上は驚いて渋沢を見た。目が合って、いいじゃないか、たまには。と渋沢が呟くのが聞こえた。そうだ、こいつは夏生まれだった。夏っぽい事に関しては、いてもたってもいられないに違いない。三上は思って、ため息をついた。
「しらねーぞ」
やった!竹巳にいってこよーっと!そう叫ぶなり藤代はどこかへ走って行ってしまった。
「…なんなんだ、あいつは一体…」
呆れて呟いた三上の肩を、渋沢がトン、と叩いた。反射的に顔をあげると、渋沢が何か企んだ顔をして笑っていた。
「…なんだよ」
「チャンスじゃないか、花火大会だぞ」
「…は?なんの話…」
「呼んだらいいじゃないか、ちゃん」

「はあ!?」

思っても見なかったことを言われて、三上は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「来るわけねえだろ、あそこからここまで2時間くらいかかるんだぞ?夜遅いし、何考えてんのお前?」
「でも、これない事はない。夜遅くなるのはお前が責任もって家まで送れば問題ないだろう」
「その前に、あいつが来るかどうかが問題だろ!」
そんな、約束などして会ったことはないのだ、この間の休みに久しぶりに会話ができて仲直りらしきものができたからといって、いきなり花火大会に誘うのはどうかしている。きっとだって、困るに決まってる。
「まあ、呼ばなければこないな」
思わず動顛する三上をよそに、渋沢は涼しい顔でそう言うと、じゃあ用事があるから、と背を向けた。

「…あ、親を味方につけるといいぞ」

2,3歩進んでから思い出したように振り返ってそう付け足すと、そのままどこかへ行ってしまった。


残された三上はひとり、呆然と花火大会のチラシを握り締めた。

紅く暮れ始めた空が、三上の立たずむその部屋を静かにゆっくり侵食する。

そういえば今日は、夕立が降らない。

 

 

 


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夏 の 宵、 空 を 望 ん で